家内安全

パンパンッと、手を打つ音が響く。

部屋の隅で頭を下げる送信の男がしばらくして貌を上げる。まなじりは裂いたように鋭く、 瞳には狂気の色。このまま柱をへし折って家をつぶしてやろうと思っているのではない。 家内安全を祈っているのだ。

「竜児、お疲れ」 
「おう」 
「神棚ちゃんとできたわね」 
「急ごしらえだがな」

新婚夫婦が見上げる先には、真新しい神棚。高須竜児、大河夫妻の家庭では、このところ 不吉な出来事が連続している。

– 竜児が箪笥の角に足の小指をぶつけた。
– 大河が食事の用意をしているときに転けた
– 竜児が出勤中、車のはねた泥をかぶった 
– 大河が買い物をしているときに転けた 
– 竜児が出張中、新幹線の停電に巻き込まれて帰れなくなった 
– 大河が洗濯をしているときに転けた
– 竜児が散歩中自転車にぶつかられた 
– 大河が風呂で転んで、竜児に抱きとめられた

「もっぱら、不幸はあんたに起きている気がするわ。あと、最後のは不幸っていうか、私的には、その…」
「馬鹿野郎、この先子供を授かるときが来て、今みたいにコロコロ転けられてたまるか」

顔を赤らめる大河を、空気を読まない竜児が閻魔大王の面でにらみおろす。

「まぁ、神棚作ったんだし、これで少しは御利益があるだろう。毎日拝めよ」 
「わたしクリスチャンなんだけど…まぁ、あんたが言うんだから拝むわ。でもさ、 ここじゃなくてあっちが良かったんだけど」

と、大河は別の角を指さす。大河的には今の場所には収納用の棚でも作って欲しかったのだが。

「駄目だ。神棚は北東の方角に置いちゃいけないんだ。鬼門って言ってな。悪いことは そっちから来るんだよ」 
「どうして北東が鬼門なのよ」

収納棚に未練のある大河が、食い下がる。

「北東の方角は古い呼び方では丑寅って言ってな。ほら、鬼は牛の角はやして、 虎のパンツ履いてるだろう」 
「……無理がある気がする」 
「いいんだよ。」 
「まぁ、いいけど。ねぇ。丑寅が鬼門なら、辰寅はどうなのよ」 
「そんな方角は無ぇ」 
「じゃ竜虎」 
「無ぇよ」 
「ちぇ、つまんない」

と、言ったところでぱっと大河の顔が明るくなる。

「じゃ、竜児。竜虎の方角はラブラブって事にしていいでしょ」 
「いいでしょって。お前…。まぁ、好きにしろ」

迷走し始めた大河に竜児はあきれ顔だが、大河の方は目を細めて楽しそうにあれこれ考えている。

「じゃぁさ、毎朝起きたら竜虎の方角に手を合わせてお祈りして…」 
「だから無ぇよ、そんな方角」 
「いいの!」 
「しょうがねぇな。じゃ、お祈りすればいいんだな」 
「ちゃんと、毎日『幸せでありますように』ってお祈りしなさいよ」 
「おう」 
「で、お祈りしたらちゃんとキスしてね」 
「お、おう」

(お・し・ま・い)

初出 : 2011年6月19日

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