天気がいいからピクニックに行こう

俺は竜、お前は虎。二人が並び立つ運命ならば、必ず二人の歩む道はひとつになる。たとえ二人が引き離されようとも、お前はきっと俺のところに帰ってくる。

◇ ◇ ◇ ◇

ゴールデンウィーク明けの日曜日、高須竜児はいつもの日曜日より30分早く起きた。規則正しい生活を身上とする竜児は、日曜といえども朝寝坊はしない。いつも7時におきて母親の泰子と竜児二人分の朝食を作る。去年は、それに加えて通いの居候となった同級生、逢坂大河の分の朝食まで用意するのが常だった。今年は違う。大河は竜児と婚約し、親子関係修復のために今は新しい家族と生活をともにしている。修復には時間がかかるだろうが、二人ともそれが出来ないこととは思っていない。一足早く家族関係を修復して軌道に乗せた竜児は、大河がみんなに祝福されて自分のもとに嫁いでくる日を楽しみにしている。

昨晩仕込んでおいた具に最後の仕上げで火を通し、サンドイッチの用意をする。今日は大河とピクニック。いつも手抜きはしていないとはいえ、婚約者が人一倍楽しそうに食事をする人間とあっては料理好きの腕も一段と鳴ろうというものだ。ニコニコ笑いながらサンドイッチをほおばる大河の顔を想像して、つい鼻歌など歌ってしまう。

パンの耳を切り落として、パン粉にするために分けておく。自分ひとりならかまわず食べてしまうが、わがままタイガーはパンの耳が嫌いらしく、あれこれ文句を言う。そういう、子供っぽいところを見るにつけ、つい説教をしてしまうが、そのくせいつもわがままを聞いてやるのだから、竜児も世話がない。

つぶした卵にハム、チキン、とんかつをあわせて少々動物性たんぱく質過剰なサンドイッチを作る(大河は肉が大好きだ)。それぞれ塩、コショウ、その他スパイスの配分が大胆に変えてあり、サンドイッチで退屈することはないはずだ。しかしこれだけだとバランスが悪いので野菜サラダ(高須スペシャル)とトマトをたっぷり用意する。水筒に詰めるスープを暖め、食後の果物にオレンジを切って用意したところで、炊飯器から蒸気がではじめた。炊飯器はマイコン仕掛けだが、竜児のほうも時計仕掛けであるが如く、ぴったりのタイミングで朝食の味噌汁とハムエッグの用意にかかる。

「竜ちゃんおはよ~、わ~、お弁当おいしそうにできたねぇ」
「おう、もうちょっと寝てていいんだぞ」

物音で起きたのだろう、泰子が台所に顔を出す。去年までは水商売をやっていた泰子だが、オーナーの意向で新しくオープンしたお好み焼き屋「弁財天国」の店長に転職したため、すっかり生活リズムは普通の人に戻っている。お肌の老化もこれで先送りになるだろう。

ドンくさい泰子がお好み焼き屋。初めて聞いたときには竜児の胸に一抹の不安が走ったものだが、これはまったく杞憂だった。それを指摘したのは親友の北村祐作である。

「何言ってんだ高須。お好み焼きを焼くのは泰子さんじゃないだろう」

言われるまで気づかなかった自分がバカみたいに思えた。そりゃそうだ。店なんて具を切って混ぜて出すだけだ。きちんと食器を洗って材料の鮮度に気をつければ、毒でも混ぜない限り心配ない。そもそも泰子は雇われ店長とは言え、スナック「毘沙門天国」を切り盛りしてきたのだ。手際が悪いだけで、時間をかければきちんと仕事はできる。むしろ自分のペースで出来る分、店長という仕事は合っているかもしれない。

開店当初こわごわ訪れたお好み焼き屋は味もまぁまぁ、今では経営もそこそこ軌道に乗っている。うわさを聞いて早速下校時の買い食いルートに入れてくれた旧2-Cの連中もいる。香椎奈々子にいたっては、

「高須君、ごめんね。お母さんのお店行きたいんだけど、ダイエット中なの」

と、わざわざ手を合わせて身をくねらせながら、謝らなくてもいいことを謝りにきた。おそらくは片親同士のシンパシーからだろう。思わず目頭が熱くなったが、竜児はその話を知らないことになっている。顔を伏せて前髪をいじり

「お、おう。気ぃ使ってくれてサンキューな」

と言うのが精一杯だった。友達には恵まれている。

「もうすぐ朝飯できるからな」
「はーい」

インコちゃんの水を替えていた泰子は、間延びした返事をするとやっこらせと立ち上がって背伸びをした。

転職に伴い、家事分担も変わっている。洗濯と掃除は泰子の仕事になった。朝ごはんも作る、と泰子は主張したのだが、これはどう考えても魚が海を泳ぐように自然に炊事を行う竜児がやったほうがうまくいく。勉強の気分転換にもなるし、と言う理由で台所は死守した。ついでながら、泰子の言う掃除とは、いわゆる普通の奥さんの掃除とそれほど変わらない。窓のレールの砂ぼこりとか、TVのコンセントの電極の間のほこりとか、絡み合ったコードにこびりつく汚れとか、屑かごの裏に隠れている壁のカビはちゃーんと残してあるので、竜児は心行くまでこれらと戦ってストレスを解消できる。

二人でニュースを見ながら朝ごはんを食べる。天気予報のお姉さんも上機嫌で、その笑顔を見るだけで今日は一日天気だと分かる。食後のお茶を飲んだ後、さあ片付けるかと立ち上がった所に、ピンポンピンポンピンポーンと、チャイムが連打されて

「りゅーじーっ!おーはーよーっ!」

と、元気な声が響き渡った。

変われば変わるもんだ。昨年は合鍵でノックもせずに鍵をあけ、どかん!とアパートごと壊しそうな勢いでドアを開け放っていた大河が、今では竜児がドアをあけるまでおとなしく待っている。おとなしく、というのは階下の大家を心臓麻痺で葬り去りそうな大音量の呼び声を含まないが。

「おう、早かったな。あがれ」

と、ドアを開けた竜児の前にはコットン・レースを重ねた白いふわふわワンピースに、これも白いつば広の帽子というお人形ファッションで固めた大河がニコニコ顔で立っている。今日も元気そうでなによりだ。

「お邪魔しまーす」

と、やはりこれも去年の竜児が聞いたら大河の正気を疑いそうな丁寧語を使って、白い帽子を手に持ったまま短い廊下をとことこ歩いていく。

「やっちゃんおはよう!」
「大河ちゃんおはよう!今日もかわいいっ!」

同年代かと思わせる挨拶を交わして、二人ともテヘっと笑う。

「すぐに用意できるからな、泰子とお茶でも飲んでろ」

去年からある大河専用湯飲みに茶を注いで出す。

「ありがとう。ねえ、ねえ、今日のお弁当なに?!」
「今日はサンドイッチだ。お前の好きな肉もたっぷりだぞ」
「やったー!」

ほとんど父親と娘の会話みたいだが、そんな二人を泰子は横でニコニコしながら見ている。そんな泰子に

「やっちゃんも来ればいいのに」

と、実はこのピクニック2回目の誘いを大河がかける。しかし

「ごめんね、やっちゃんお掃除とお洗濯があるから」

ニコニコしながら泰子が、これも本件2回目の断りを入れる。仕事が理由ではない。今日は泰子も休みだ。お好み焼き屋の店長が日曜日に休むのも変な気がするが、オーナーのほうは採算が合い始めた段階で、少し肩の力を抜くことにしたらしい。スナック毘沙門天極時代に泰子が倒れたことに気を使って、お好み焼き・弁財天国では2週間にいちど、日曜日に店長はお休みとのことだ。その分給料は安いが。

泰子の返事は公式には掃除と洗濯のために一緒に行けない、ということになっており、非公式には「でもね、ふたりは熱々だからやっちゃん焼けちゃう!」ということになっている。この、「やっちゃん焼けちゃう」は結構強烈で、手乗りタイガーのふたつ名を持つ大河をいまだに赤面させて黙らせる効果がある。だが、公式、非公式見解が方便だというのは大河も竜児も分かっている。本当は一緒に行きたいのだ。行きたいが、泰子は我慢している。

竜児と大河を二人っきりにしてやるために。

つらい子供時代を送った大河と、母子二人、支えあって世間の波をくぐりながら生きてきた竜児は、1年間のあれこれを経て、ついにお互いの心を通じあわせることが出来た。二人にとってはようやく訪れた青春らしい青春であり、泰子はその二人の時間を大事にしたいと考えてくれている。その気持ちはありがたい。竜児にとっても大河にとっても二人でいる時間は大切であり、二人でいるだけで心が温まる。

だが、それとこれとは別なのだ。きっと一生、誰にも愛されないという諦観にも似た、乾いた絶望の毎日を独りで生きていた大河は、隣のボロアパートに住む高須親子の家庭に居候同然に転がり込んできた。だが、時に傲岸、ほとんど常にわがままな大河を泰子は無償の微笑みと抱擁で迎え入れた。それが大河にとってどれほど心癒されることだったか。

いまや竜児の婚約者となった大河にとって、泰子の幸せは自分たちの幸せと等しく大切であり、だからこそ、二人のピクニックにたまには引っ張りだして一緒に楽しいひと時を過ごしたいと考えている。

二人の時間を大切にしてあげたいという泰子の想いと、三人で一緒の時間をすごしたいという大河と竜児の想い。浜の砂子は尽きるとも、嫁姑戦争の種は尽きまじ、といわれるが、この大河と泰子にはそんな心配は無用だ。むしろ気を使いすぎているといってもいい。

竜児のほうは、春のうちは泰子の気持ちをありがたく頂戴する気でいる。でも、秋になったら首に縄をかけてでも泰子を引っ張り出すつもりだ。季節のおかずを贅沢に使った弁当をつくり、電車にでも乗って3人で出かけよう。有名な行楽地でなくていい。ほんの少し、生活から離れた場所で、シートを広げて3人でおにぎりを頬張ることのできる場所であれば、それでいい。サンドイッチのパックを風呂敷に包んできゅっと結びながら、竜児は微笑をもらす。

「これでよし。大河、準備できたぞ」
「うん。じゃぁ、やっちゃん、次は本当に一緒にきてよ」
「うんうん、次はね。行ってらっしゃい!」

この春3回目の「うんうん、次はね」だ。泰子、覚悟しとけよ。秋には俺も大河も容赦しないぞ。

「大河、帽子忘れるな」
「うん。竜児、お財布は?」
「財布よし、弁当よし、水筒よし、シートよし、七つ道具よし」

弁当箱の下、風呂敷の中に仕込んだシートと高須ピクニック七つ道具(大河が汚したときのティッシュ、大河が転んだときの絆創膏、大河が泣いたときのハンカチ、大河が破いたときの…)をぽんとたたいて確認する。

「わたし水筒ひとつ持つ!」

と、大河は竜児の手からお茶の水筒を奪おうとするが、

「じゃ、こっち持ってくれよ。スープが入っているんだ」

と、違うほうを袈裟にかけてやる。お茶の水筒を渡すと、勝手に飲んで勝手にこぼして服を汚してしまう。と、いうことを大河に言わずに安全策をとる。呼吸をするように無意識に気配りができる竜児ならではだ。大河を略奪するつもりの男がいるならば、彼は事前に竜児を観察し、大河のメンテナンス・コストをきちんと見積もるべきだ。

◇ ◇ ◇ ◇

二人がピクニックに行くのは、これで3回目。今日は1回目と同じコース。商店街を抜けて大橋へと出、川沿いの河川敷をぶらぶらと歩く。最初のピクニックの話をしたら、亜美に「はぁ?あんたたち、ばっかじゃねーの?」と言われた、と大河は笑っていた。むべなるかな。同コースは実に雪のバレンタインデーにおける二人の逃走経路そのものである。人生をかけた逃走劇をほんわかピクニック気分でたどるなど、ばかばかしいと言われても仕方がないのかもしれない。

だが、二人とも別に感傷に浸っているわけではない。

まず、河川敷のピクニックはタダで済む。次に弁当の持込制限がない。これはつまり、いまだにバイト禁止に甘んじている竜児にとって、経済力のなさを露呈することなく、かつ自分の得意なフィールドで目いっぱい婚約者にいいところを見せることの出来る格好のコースである。大河にとっても、腹の足しにならない足代がお弁当のグレードを下げることのないすばらしいコースである。

次に、商店街を通ることは、なにかを持ってくることを忘れた際ぎりぎりまで補給のチャンスを確保できることを意味する。そもそも竜児が何かを忘れること自体考えにくいとはいえ、その忘れ物をしない性格自身が、このパラノイア寸前の用意周到さと直結しているのだから仕方がない。商店街を通ると遠回りであるが、デメリットはメリットで打ち消される。

最後に大河にとっては商店街を通ることで、ぎりぎりまで竜児にお菓子をねだるチャンスが存在することになる。ポシェットにいつもお菓子を忍ばせているとはいえ、それ以上に何かがほしくなれば、竜児にねだることが出来る。竜児はそんな甘えを聞いてやる気はないが、とにかく交渉の余地があることは大河にとって重要だ。

かように、商店街から大橋、河川敷のピクニックコースは、二人にとって合理的かつ理想的なデートコースであり、雪の日の逃走経路と重なっているのは偶然である、と亜美から話を聞いた北村に竜児と大河は力説したのだが。

「まったくお前たちにはあきれるな。逃走経路の下見なら聞いたことはあるが、検分となると警察の仕事だろう」

と、笑われてしまった。聞いていやしねえ。

◇ ◇ ◇ ◇

しかしながら、竜児は忘れ物をしておらず、大河もポシェットの中のオヤツ以外にそそられるものを思いつかなかったため、二人は商店街で何も買うことなく大橋にたどり着いた。遠回りだったが、おしゃべりをしていたので苦痛でもなんでもない。

いろいろな意味で命がけのプロポーズを行った大橋にまったく何の感傷も無いというと、それはそれで嘘になる。が、五月の晴れ渡った青空の下に広がる河川敷は、それが少々にごった川の猫の額ほどの広さのものであっても気分を高揚させる。

「ねえ竜児、早く下に降りよう?」
「待て待て、向こうに階段があるからあれを使おう」
「降りようよう」

駄々をこねる大河に負けて、足元のそれほどよくない傾斜を見る。草丈が低いのでそのまま下りられればいいが、いかんせん同行者はドジッ子タイガーである。かつては全校生徒を震え上がらせた歩くミニ爆弾といえども、誰も見ていないところ、あるいは竜児だけが見ているところではすってんころりんと転ぶこと多数。こんなところでこけたらせっかくのきれいなお人形ファッションも台無しだ。

「じゃぁ、ほら」

手をかせ、と右手を出すと、さっと顔を赤らめて
「なによ、子供扱いしちゃって」

と頬を膨らませつつも、おとなしく手を出す。手をつないだときに小さく「えへっ」と聞こえたのは黙っておいてやることにして、竜児は足元に集中する。足場のいいところを指示してやり、いざと言うときには力を加えて支えてやりながら、無事河川敷まで降りることが出来た。

二人顔を見合わせてにっこりと微笑を交わし、もうつないでいる必要のない手をつないだまま、歩き始める。心臓の高鳴りを聞きながら、お互いの体温を手のひらで感じとる。

二人ともちょっとだけ無口になる幸せな時間は、15分ほど続いた。

「すみませーん、ボール投げてください!」

と、キャッチボールをしていた小学生が声をかけてきて、足元に転がってきたソフトボールをつかみ、投げて返してやる。
「ありがとうございます!」

捕球した後帽子をとってきちんとお辞儀をする子供に手をあげて挨拶してやり、二人は顔を見合わせて微笑む。再び歩きはじめるが、手はつながない。もう一度手をつなごう、と恥ずかしがらずに言えるようになるには、まだ少し時間がかかりそう。

◇ ◇ ◇ ◇

「今日も野球してるね」
「おう」

と、二人が目を向けたのは、二つ目の橋の下をくぐったところ、市営の河川敷グラウンドだ。ここには小規模ながら野球が出来るスペースがあり、いつも草野球の試合が行われている。

「ねぇ、見て行かない?」
「そうするか」

どうやらこれから試合が始まる様子なので、二人とも足を止めて観戦することにした。特に野球が好きなわけではないが、共通の友人の櫛枝実乃梨がソフトボール少女ということもあって、まったく無関心でもない。なんにせよ、飽きたら観戦をやめてまた歩けばいいのだ。気楽なもんだ。

「そこでいいか」

護岸ブロックにはでこぼこがあって、贅沢を言わなければ椅子として使える。

「うん、そこで観よう!」

と元気よく大河が護岸ブロックを上り始める。

「竜児!早く早く!」

はしゃいでいる大河に声をかけ、

「いまシートを出すからな」

と、風呂敷を開いて青白赤のビニールシートを広げる。これで即席観客席の出来上がり。

「私オヤツ食べる。竜児は?」

と、クッキーを取り出した大河から一つ分けてもらう。

「まだ始まらないのかな」
「ほうねえ、ひゃっひほーふがおわっはら?」

お前、口の中にモノを入れてしゃべるなよ、といいつつ、竜児はパラパラと落ちた屑を丁寧に拾って捨ててやる。
グラウンドのほうでは、そろそろ準備運動も終わっているようだが、ベンチのほうでは何やら不穏な空気が流れている様子。ユニフォームを着た選手が集まって相談している。なんだろう、と見ていると

「竜児、あれ、静代さんじゃない?」

と、大河。

「あ、ほんとだ」

ベンチの後ろの応援席らしきところに、主婦や子供に混じってひときわそぐわないミニスカートで座っているのはスナック毘沙門天国の現ママ、静代だ。彼女とは泰子がママだったころにバーベキュー・パーティーに呼ばれるなどして、何度か会ったことがある。視線を感じたのか、静代のほうも、護岸ブロックでのんびり観戦を決め込もうとしている竜児と大河に気がついたらしい。こちらに笑って手を振っている。

二人で手を振り返したのだが…静代は立ち上がって、たったったとベンチに駆け寄り、相談中の選手たちに声をかけた。とたん、竜児と大河は息を呑む。全員が、一斉にこちらを見たのだ。

「え、なんだろう」
「なにかしら」

こういうとき、大河は鈍い。こいつは野生の虎のごとく、自分に危害が加わらない場合には徹底的に鷹揚に振舞えるようできているのだ。他方、気遣い人生を送ってきた竜児は、何事か社会的な問題が自分たちに発生しつつあることを機敏に感じ取って、背中に汗をかき始めた。なんだろう、というのは疑問の意味ではない。何かまずいことが起きているぞ、の意味だ。

「なぁ、大河。ここ、やめて歩かないか」
「ん?そう?いいよ」

特に野球にこだわっているわけでもない大河はクッキーの袋をポシェットに戻すが、残念。遅かった。

「竜児くーん、大河ちゃーん」

静代が、やはりその場にそぐわないピンヒールでこちらに走ってくる。遅かったか、と顔をしかめながら

「こんにちは」

と、笑顔を返す。われながら器用だ。

「ねえ、ねえ、デート?」

大河と竜児を交互に見比べながら、静代は満面の笑み。その下には何か思惑が見え隠れしている。しかし大河は片手を、はいっと元気にあげて

「そうです、デートなのです!」

頬を染めて破顔する。学校の外では別に隠すことでもない。のびのびとしている大河を見ていると、竜児もうれしい。が、

「そっかぁ、やっぱり二人は出来ていたのか、うふふ」

と、静代は目を細めて

「大河ちゃん、竜児君のかっこいいとこ見たくない?」

いきなり絡め手で攻めてきた。勘の鈍い大河が

「かっこいいとこ?」

と首をかしげる横で、竜児の人間関係計算機は計算終了。すでに事態の進展する先が読めている。

「今日ね、彼氏の野球の応援に来たんだけど、メンバーがひとり急に来れなくなったの。竜児君貸してくないかな」

計算どおり。竜児は目を細めてぎらりと光らせる。特に意味はない。

それにしてもさすがは接客業。交渉先が竜児じゃないところがすごい。ガールフレンドが「私はいいですけど」と言ってしまった後にNoといえる男子高校生がいったいどのくらいいるだろうか。あまりいないだろう。しかしながら、残念ではあるが、竜児の答えはNoである。Noと言える男子。

だいたい、竜児は中学生のころ部活でバドミントンをやっていたが、高校に入ってからは家事に専念している。その家事の腕前がいくら手芸部相手に指導をするほどとはいえ、野球の役には立たない。一方、運動能力と言うのは高校時代にスポーツをするかしないかで大きく差が開くものなのだ。大河?あれは例外。虎と人間を比較しないでほしい。

グラウンドにいる社会人の皆さんは、学校を出てもわざわざスポーツで汗を流そうという方々である。竜児との差は肉食獣と草食獣くらいある。別々の進化をたどった生き物といっていい。シマウマがライオンと一緒に野球をするか?しないよね。残念。

だから、大河さえ適当に言葉を濁してくれれば、

「おお!竜児に任せてください!こう見えて竜児はお料理お洗濯なんでもOKです!」

期待をした竜児がバカだった。

「ちょっと待てお前、洗濯関係ないだろう」

料理も関係ない。しかし静代には竜児の意志こそ関係ない。

「きゃっはー♪、大河ちゃんありがとう。竜児君借りるね?」
「どうぞどうぞ、こんなのでお役に立てるなら。竜児ーがんばってー!」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。俺、野球なんかできないですよ。球速いんでしょ。それにユニフォームもないし」

Tシャツから出た腕に体を絡めて引きずっていこうとする静代に抵抗する。マジで困る。なんとか断らねば。しかし今度は別方向から弾が飛んできた。

「いや、打席では突っ立ったままでいいから」

ユニフォームに身を包んだ、ひときわ恰幅のいい見るからに監督らしい人がいつの間にか竜児たちのところまで来ていた。

「人数あわせだからさ。守備も一番球が飛んでこないところに立ってもらうし。頼めないかな」

人懐っこい顔で笑いかける。まいったなぁ、と思いつつさすがに断りきれなくなってきた。大河が乗り気である以上、あまりしつこく遠慮するのもみっともない。じゃぁ、立っているだけならと渋々返事をしたところで

「え?立ってるだけでもいいの?じゃ、私打ちたいな」

至近距離でいきなり爆弾が炸裂した。

◇ ◇ ◇ ◇

バカ、おまえバッティングセンターじゃないんだぞ。いいじゃない、打ってみたいの。汚れたらどうするんだよ。走ったり滑ったり出来ないだろうが。えー、だって立ったままでいいんだから、走んなくていいじゃない。そうじゃなくて、人間が投げるんだから何が起きるかわかんないんだよ、わーわー、ぎゃーぎゃーと言い争いをはじめた二人を、空気の読めない静代さんと監督さんはニコニコ見ている。

「じゃぁ、こうしよう。二人とも助っ人だしデートの最中の特別参加だから、DPにしてもらうよう相手に頼んでみるよ」
「いやぁ、あのー」

それは困りますと言おうとした竜児を無視して、監督さんはくるりと背を向けると審判のところまで歩いていってしまった。

「ねぇ竜児、DPって何?」

まったくお前、どうすんだよと思いつつも、説明をしてやる

「たぶん、俺が守備をやって、お前が打つってことだよ。DHみたいなものだろ」
「え、何?野球ってそんな面白いルールあるの?みのりん教えてくんなかったよ」
「櫛枝はソフトだから違うんじゃねぇか?ルールっていっても、DPはあったりなかったりだろう。監督さんも『頼んでみる』って言ってたし」

竜児も野球は詳しくないので、説明がグダグダになっていく。だが、大河の耳には入っていないらしく

「ぷぷぷぷ、信じられない。ドラ焼きのあんこだけ食べていい、みたいな話よね。MOTTAINAIお化けも出ないし素敵だわ」

独自の野球解釈を展開している。暗然としている竜児に向き直った監督が、大きく腕で丸印を作ってみせる。どうやら話がついたらしい。あの丸印はチームのものであって、俺のものではないな、とあきらめる。

「大河ちゃん、竜児君、ありがとう。えへっ」

妙に泰子に似た反応に思えるが、水商売の人ってみんなこんなか?

◇ ◇ ◇ ◇

「いいか、絶対あたっても走るなよ。お前今日スニーカーもはいていないんだから」
「分かってるわよ。私は振るだけ。服汚しちゃうとママに怒られちゃうから」

試合開始の挨拶に並んだ両チームの端っこで、ひときわ異彩を放ちながら小声で竜児が説教をする。草野球チームのユニホームに身を包んだおじさんたちの端には、Tシャツ、デニム姿の目つきの悪いひょろっとした少年と、コットン・レースを重ねたふわふわの白いワンピースを着たお人形さんのような少女。相手のチームのおじさんたちも、にやにや笑うばかり。

「お願いします」
「お願いします」

挨拶をして分かれたあと、「がんばるぞー」と声を上げる大河に笑い声が起こる。

竜児たちのチーム、「スーパードライ」は先攻だが、大河の打順は9番だからしばらく二人とも出番はない。ベンチにピクニック用のシートを引いて、二人とも汚れないようにして座って観戦する。

対戦相手の「ヘビースモーカーズ」の左腕投手がモーションに入る。一投目が手から離れる前から素人の竜児にも、相当できる選手だとわかった。フォームが丸でプロである。ぱーんといい音を立ててミットに収まった球が否応なしに「場違いなところに来てしまった感」を盛り上げる。苦笑いしながら

「あの、相手のピッチャーさんすごいですね」

横の選手に尋ねると、へらへら笑いながら

「草野球は一番上手い選手がピッチャーやるからね。たいてい高校球児だよ。あの人は確かピッチャーだったんじゃないか」

などとのんきに答える。おいおいおい。そんなのでいいのか。元高校球児の剛速球の前にこんな女の子を立たせるつもりなのか。
立たせろと言ったのは当の女の子なのだが、そんなことは横に置いて竜児の方は心配モード。既に気が気ではない。

そうこうしているうちにバッターはフライに打ち取られる。続く2番3番も内野ゴロに討ち取られ、あっという間にチェンジ。内野の送球も結構上手い。草野球を少しだけ馬鹿にしていた竜児は、今後大河の前で晒してしまいそうなかっこわるい姿をいくつか頭に浮かべて一層気落ちする。

1回の裏、竜児の守備はライト。監督さんもキャッチャーの守備についているので、ベンチには大河が一人ぽつんと座っている。手を振って来たので小さく振り返す。人数あわせとはいえ、あまり浮ついたことはできない。

気を引き締めて投球の瞬間は膝を軽く曲げて前傾姿勢。グローブは体の前。球が飛んできたらすぐ反応出来るように準備する。意気込みだけでも見せようとしたのだが、結局「スーパードライ」のピッチャーも相手を3人で討ち取り、幸いにもライトは仕事をせずに済んだ。

「竜児、結構サマになってたじゃない」

と、ベンチで迎える大河は、足をぶらぶらさせてお気楽この上ない。せっかくの婚約者のお言葉だがいまいち気分は盛り上がらず

「Tシャツだけどな」

と、竜児はつれない返事。

続く2回も同様の展開。どうやら試合は投手戦の様相を呈してきた。草野球の分際で投手戦なんかがあるのか、というのが竜児の率直な感想。

3回表、先頭バッターが打ち取られ、監督さんが大河に声をかける。

「私?次の次じゃないの?」
「次のバッターはあの円の中で待つんだ」

と、指さしたところは、ネクストバッターズサークル。

「へぇ、じゃ竜児。行ってくるね」

振り返ってにっこりと笑う大河に、手を振ってやる。竜児はデートを中断させられたことを内心根に持っていて、まだ憮然としている。が、このくらいのサービスはしてやらないと、さすがに男の風上にも置けないだろう。与えられた大きすぎるヘルメットをかぶって大河が走り出す。

こけるなよ。

実にシュールな風景だ。おっさんたちがヤジを飛ばす草野球のグラウンドを、ふわふわコットンのお人形さんのような服を着た少女が、やはり大きすぎるバットを持ってテケテケと駆けていく。ああ、なんと場違いな。こめかみを押さえる竜児をよそに、サークルに到着した大河はしばらくぼうっと立っている。が、様子を見ていた審判に注意された。

「かがんで!」

無茶だ。

へ?と首をかしげる大河。たまらず竜児がつぶやく。

「いや、服が」
「ターイム!」

大きな声を出して監督さんが立ち上がる。審判のところまで走っていって、二言三言交わしたあと、大河に向かって声をかけた。

「汚れちゃうから立ったままでいいよ。球が飛んでくるから気をつけて」

もう、何もかもが茶番の様相を呈してきた。結局、8番バッターもあっさり打ち取られ、大河の打順がまわってくる。グラウンドが急に沸き立つ。

「お嬢ちゃーん」
「がんばれ-」

それまで声を出していたおっさんたちに加え、遊びに来ていた家族たちからも熱い声援が飛ぶ。突然バッターボックスに現れたお人形さんに、相手の家族まで味方をする。「ヘビースモーカーズ」のピッチャーもあからさまに困った様に笑っている。河川敷の横の土手を歩いていた人が、何事かと立ち止まって見ている。何というスター性。一瞬で半径100mの視線を釘付けにした。

「へいへいバッタ人形人形!」

これ以上無いほど的確なヤジが外野から飛び、グラウンドが笑いに包まれる中、大河だけはバットを正面に突き出すと、かるく腕をまくって振り子のように後ろに引き、いつか見た鈴木大河、爆誕シーンを竜児に思いださせる。そうなのだ。大河は野球の経験こそ無いが、北村につきあって行ったバッティングセンターで、マシン相手に恐るべき打撃力を見せつけている。あの後の大河はかわいそうだったなぁ等と考えている間にピッチャーがモーションに入る。ま、生きた球は別物だろう。

そう、生きた球は別物だった。何しろマシンは人間と違う。マシンは女の子相手に手加減などしてくれなかった。

広めのスタンスの安定した下半身を土台に一閃したスイングは、ふわふわファッション用に手加減された夢見るようなスローボールを見事にとらえた。その場に居た全員が言葉を失ったのは、当然と言えば当然だろう。続いて「おおーっ」とわき上がる歓声と「ええー?」とわき上がる驚きの声が両陣営を包み込む。

ボールは外野を軽々と越えて、川へと落ちた。ホームラン。

熱狂する観衆と味方の選手をよそに、大河はぽつんとバッターボックスに立ってこちらを見ている。何してるんだあいつは?と少し考えて、合点がいった。打っても走るなと言ったのは竜児だ。

「大河!ホームランだ。一周してこい!ゆっくりだぞ!」

こくんとうなずき、大河が走り始める。ふわふわコットンを身にまとった少女が1塁に到達する頃には、観客の声援も一層熱を帯びてきた。

「お嬢ちゃんすげー!」
「お姉ちゃんかっこいいっ!」

これは小学生の女の子。

「キャーキャー!大河ちゃーん!」

ぴょんぴょん跳びはねてその場にそぐわない乳を揺らしているのは静代。一方、大河の方は声援を浴びるにつれて、だんだん図に乗ってきた。

「わははははは!私にまかせたまえわーっははははっおーーーっと」

蹴躓いた大河は、きゃーという観客の悲鳴を浴びながら、たたらを踏んでぎりぎりのところで踏みとどまる。竜児の背中に冷たい汗が噴き出す。あの馬鹿。

「大河!いい気になるなっ!落ち着いて走れっ!」

竜児の声が聞こえたのだろう、何よっ、といった顔で頬をふくらませるが、声援にすぐに気分をよくして帰ってきた。グリコのポーズでホームイン。先取点。ずらっと並んで待ち構えたユニホームのおっさんたちに次々タッチしていったあと、最後に竜児ともタッチ。

「まったくお前はつくづくすごいな」
「えっへん。北村君に連れてってもらったバッティングセンターより打ちやすかったよ」

調子に乗りすぎだ。

しかし、大河が調子に乗り過ぎたせいかどうか、このホームランは幾分騒動を巻き起こしてしまった。タイムをかけて審判に駆け寄ったのは、三塁を守っていた「ヘビースモーカーズ」の監督。続いて審判が「スーパードライ」の監督さんを呼ぶ。とうとう、竜児と大河まで呼ばれた。両監督が見守る中、審判が訪ねる。

「君たち、野球は素人って、本当?」

そういうことか、と竜児は合点する。素人だからといろいろ勘弁してもらい、ルールを曲げてもらっていたのだ。実はプロはだしでした、では話が収まらない。

「ええと、俺は……僕は中学校でバドミントンをやってました。少年野球には入っていません。高校では部活もやっていません。こいつは
小学校と中学校でテニスをやっていましたが、野球の経験は無いはずです。高校では同じく部活をやっていません」

と、指さされた大河は

「竜児、バッティングセンター」

と、小声でささやく。わかってる。

「一度だけ、友達と一緒にバッティングセンターに行きました。大河、あのあと誰かといったか?」

行ってない、と首を横に振る。

「バッティングセンターではどうだったの?」

相手の監督の苦い顔に正直に答える。

「バッティングセンターでは、結構いいあたりを飛ばしていました。でも、本物のピッチャーの前では手も足も出ないだろうと思っていたんです。こんな格好だし。ちゃんと言わなくてごめんなさい」

殊勝に頭を下げる竜児につられて大河も頭を下げる。頭を下げるのは俺だけでいいんだけどな、と思いつつ、自分の言ったことに小さな嘘があることに思い当たって胸を痛める。そういえばバッティングセンターでもこんな格好だった。

「いや、高須君と逢坂さんが謝ることはない。お願いしたのは私だしね。もし、問題があっても私が怒られるだけだから、心配しないで」

監督さんはにっこり笑ってそういうと、二人をベンチに返した。ベンチでは、相手チームに気遣って音こそ立てないが、全員が無音の拍手と満面の笑みで二人、いや大河を迎える。小声で浴びせられる

「すげぇなお嬢ちゃん」
「こりゃスカウトくるよ」
「ね、本当はどこのチームにいたの?」

といった言葉に、ちょっとだけ気落ちしていた大河も気を取り直したようだ。竜児の方は審判と監督たちの話し合いが気になって、そちらを見る。もし、二人が出場停止なら「スーパードライ」は8人になる。その場合8人で試合をするのか、それとも不戦敗なのか。

結局、監督さんはニコニコしながら帰ってきた。親指と人差し指を丸めてOKのサイン、ベンチと応援席が歓声に包まれ、スコアボードに1の文字が。

「俺たち、どうなるんですか?」

真顔で訪ねる竜児に

「大丈夫。次も出ることができるよ。いや、そうじゃなくて出てもらえるかな?」

と笑みを返す監督さんに、はぁ、と曖昧な笑いを返す。大河の方は相変わらず鼻歌など歌いながら足をぶらぶらさせている。気楽なものだ。

ま、いいか。と、竜児は気持ちを切り替える。こいつと婚約したときに残りの人生の問題は全部自分が引き受けると決めたのだ。草野球の気まずい雰囲気など、なんてことはない。

なんてことはない、と思いつつ。雰囲気の変化を敏感に感じ取ってしまうのは気遣い人生の悲しい性だ。相手のチームは、明らかにむっとしていた。特にピッチャー。何しろかわいそうすぎる。元高校球児が、スパイクすら履いていない、ふわふわコットンのちびっ子にホームランを打たれたのだ。「油断してました」でチーム内には通用しても、自分自身が収まらないだろう。

そして何より火に油を注ぐのが観客。さすがに「ヘビースモーカーズ」の観客は味方だが、今や何事かと集まってきた人々がさっきまで竜児たちが居たコンクリの護岸ブロックのあたりを埋め尽くしているのだ。大河のホームランを見たのはごく一部だが、どうやら伝言で「あの白い帽子の女の子がすごかったのよ」的な情報が伝わっている様子が、ここからでも見て取れる。18歳にしてはじめて知る真実。野球観戦とは、ピッチャーが滅多打ちにされるのを楽しみに待つ公開処刑ショーである。ピッチャーの心痛はいかばかりか、と竜児は胸を痛めた。

胸を痛めたのだが。

時として怒りは人を後押しする。竜児なら一発で精神的コンディションを崩す状況の中、そのピッチャーはこれまで以上に切れるピッチングで続く1番バッターを打ち取った。チェンジ。どうやら彼の心の中では負の温度の炎が燃えさかっているらしい。

その予想は、どうやら正しかった。4回裏、フォアボールで先頭打者が塁に出ると、ついに「ヘビースモーカーズ」の監督が動く。2番はバントで走者を送り、3番打者が打ち取られたところで、4番バッターの登場。件のピッチャーである。冷たい炎をまとったスイングはセンターとレフトの間を抜き、見事に2塁走者をホームに帰す。この回、追いついて1対1の同点。

5回は両チーム無得点のまま、6回表、大河の打席を迎える。ここに来て、試合は大河対元高校球児の様相を呈してきた。うう、胃が痛い。

◇ ◇ ◇ ◇

一段と気合いの入ったピッチングに先頭打者は三振に倒れ、次は9番バッター大河。

ふわふわコットンがバッターボックスに入っただけで、既に観客席はオーバーヒート状態。護岸ブロックの特等席はとうの昔に一杯になり、既にグラウンドを取り囲む形で人垣ができている。当然のように、土手の上にもずらりと人、人、人。ひょっとしてダフ屋も居るんじゃないか?

ピッチャーが構える。グラウンドを包んでいた声援がシンと静まる。第一球。内角高めに入ったものすごい速球を、大河が強引に引っ張る。打球は一直線に3塁側ファールグラウンドの彼方に消え、観客をどよめかせる。

第二球。速球が乾いた音を立ててキャッチャー・ミットに収まる。大河はブン、と音がはっきり聞こえる空振り。ため息に混じって、それとわかる疑問の声が観客からわき起こる。ストライクを取ったピッチャーもきょとんとした顔。

キャッチャーは外角にめいっぱい手を伸ばしてキャッチしている。大河、どんだけくそボール振ってんだよ。

「逢坂さん、ストライク・ゾーン知ってるかな?」
「…知らないかもしれません…」

ターイム!と、監督さんの声が響く。審判がタイムを宣言するのと同時に監督さんが大河を手招き。トコトコと走ってくる間に選手も招集して大河を囲む円陣が形成された。選手には竜児を含まない。思いっきり仲間はずれのまま、円陣内部で小声で話されるのを見ている。

「ストライク・ゾーンって知ってる?」
「へ?名前なら」
「こう、脇の下から膝までで」
「ふんふん」
「ベースの外側と内側の…」
「迷ったら思いっきり振っていいから」
「あと、それから…」
「わかった」

審判にせかされて監督さんが笑いながら手を振る。円陣終了。とことこ駆けていく大河に再び声援が送られる。

隣に座った選手が竜児に話し掛ける。彼女に手を振ってやんなよ、ほら、ほら、

「はぁ」

脇をこづかれて、こちらを見ている大河に小さく手を振ってやる。わかってる。と、真剣そうに頷いているが、竜児の方はそろそろ引き上げたいなと思い始めてきた。

これのどこがデートなんだよ。

しかし、グラウンドの誰一人として竜児の心情を察してなどくれない。敵も味方も野次馬も、突如現れたスーパースターの一挙一動を固唾を飲んで見守っている。審判の合図でピッチャーが投球の構えを取る。第三球、見送り。ボール。第四球、高い球を大河は思いっきりひっぱたく。とりゃーっという声が聞こえるようなひっぱたき方。鈍い音を立てて高い球があがる。目で追っかけていくのがつらいほど高く上がった球は、上昇にかけたのと同じ時間をかけて仮設バックネット裏の観客の群れに飛び込む。と同時に悲鳴があがる。

「だいじょーぶー?」

緊張感をそぐ大河の大声に、今度は笑い声があがった。

「大丈夫大丈夫!」

観客席の誰かがキャッチしたらしい。拍手と笑い声。

気を取り直して大河がこちらを見るが、監督さんは腕を組んだまま。つーか、ブロックサインなんかわからないだろう、お前。第五球。ズバン、と音を立ててミットに収まった低い球を大河は最後まで真剣な表情で見ていた。一瞬の間。

ボール。

審判のコールにため息が漏れ、観客席からぱらぱらと拍手がわき上がる。監督さんも、よし、よく見た、と頷きながら拍手している。

2-2で迎える第六球。なにやらキャッチャーとピッチャーの間でサインが交換されている。ピッチャーが納得しないというより、ピッチャーが説得している様に見える。ようやく振りかぶって脚を上げる。あれ、フォームが違う、と竜児も思った。心持ち遅い低めの球を引きつけて、大河がフルスイング。

空振りした。

なんと、ボールは大河の手元でワンバウンド。竜児も初めて見る生フォーク・ボールは大河を見事罠にはめ、そしてキャッチャーも翻弄した。ころころと後ろに転がっていくボールに観客は大騒ぎ。キャッチャーは弾かれたように後ろにダッシュ。

「走れー!走れー!」
「大河ちゃーん!1塁っ!早く走ってー!」

ベンチも総立ち。全員が1塁を指さして大声を上げているなか、只一人、大河が見つめていた少年は首を横に振っていた。

走るな。汚れる。

ボールに追いついたキャッチャーが1塁に送球して、審判がアウトをコール。観客からため息が漏れた。あーあ、もったいないという声があちらこちらから聞こえてきた。畜生、勝手なこと言いやがって。と竜児は瞳を狂おしく揺らす。俺たちはデートに来てるんだ。へたくそなキャッチャーの落球を拾いに来てるんじゃない。

ベンチに戻ってきた大河がきょとんとした表情で竜児に聞く。

「あれ何?」
「空振り三振のときにキャッチャーがボールを落としたら、1塁まで走っていいんだ」
「何よ!じゃぁ、なんで走れって言わないのよ!」

ぷーっとふくれる大河に竜児も黙っていない。この場合、明らかに大河の方が間違っている。

「お前その格好で全力疾走する気かよ。どんだけ腕白気取りだよ!」
「何ですってぇ!?」

一気に険悪化する二人に、監督さんが、まぁまぁとニコニコしながら割ってはいって来た。

「逢坂さん、あの球よく見極めたね」
「へ?」
「ほら、ボールだってわかったんだろ」
「…あ、あれ?ちょっと低すぎるかなって」

えへへと頭をかきながら照れ笑い。大河の気持ちを掌握できるのは自分だけ、と密かに自負していた竜児は大人の力を改めて思い知る。さすがロマンスグレー。スター選手の精神管理にまで気を回すとは。名将の気配すら感じさせる。

「ほら、手を見せてみろ」
「何よ」

振り向きざま頬をふくらませる大河の言葉は無視して手を取る。フルスイングを繰り返した掌は赤くなっていた。腫れてこそいないが、普段鍛えていない柔らかい大河の肌には、続けざまのフルスイングは荷が重い。

「痛くねえか?すまねぇな、氷持ってきてないんだ」
「……うん……大丈夫」

すっかりおとなしくなって小声になった大河は、されるがままに竜児に両手を預けている。いきなり出現した恋人空間に周りの大人はニヤニヤしているが二人は気づかない。

「俺たち初めっから数に入ってないからな、あんまり気張らずに楽しもうぜ」

帽子をかぶせてやりながら話す竜児に

「そうね、そうよね」

大河が足をぶらぶらさせて微笑み返す。

しかし、もちろんファンも敵もそんなことは許さない。

◇ ◇ ◇ ◇

7回裏、再び試合は動く。4番の活躍でさらに1点を追加した「ヘビースモーカーズ」はついに逆転。1対2。「スーパードライ」の選手も食い下がるが、いかんせん相手は元高校球児。退屈な投手戦に焦れた観客から「はやくお嬢ちゃんを出せ」オーラが噴出しているのが竜児にすら分かる。

9回表。ついに3度目にして、たぶん最後のスーパー対決の時が来た。

先頭打者が三振に倒れて、二番手は大河。バッターボックスに入ると、それだけで大きな歓声が沸きあがる。

ここまで大河はゆるい球を1本ホームランにしただけである。しかし手加減されたとはいえ、なんと言っても他の打者をほぼ完全に封じ込めているピッチャーから打ったというのが大きい。さらに、手加減なしの2度目の対決でも矢のようなファールを打ち返している。否が応にも観客の期待は高まる。いくらか下品な野次を飛ばしている者までいて、竜児の気分を逆なでする。

竜児が目を眇めてイラついている間にふわふわコットンの大河は外角と内角に散らされた打ちにくい球を打って、ファールグラウンドの彼方に放り込んでいた。そのたびに声援があがる。実際には臭い球を打たされているのだろう。さすがに素人の大河にその手の勝負勘までは無い。あっという間に追い込まれた。

「彼氏君、怖い顔してないで手を振ってやんなよ」

またつつかれて手を振る。三球目、低いボール球を見送って2-1。四球目、手を出しかけた外角のボールを危ういところで見送る。ボール。観客がため息を吐く。2-2。

「大河ちゃん、よく見てるな」

と、自軍ベンチの選手も感心している。馴れ馴れしい呼び方にイラっと来た。俺は彼氏君であいつは大河ちゃんかよ。

五球目。バッテリーがサイン交換に時間をかける。あ、またフォークか?と竜児は心配になった。今度は空振りしたら大河は走るかもしれない。冗談じゃない。運動靴すら履いていないのに。ドジな大河は滑って転ぶ可能性大だ。大河だってデートを楽しみにして大好きなふわふわファッション出来ているのだ。こんなところで泥だらけになったら、誰よりも大河が悔やむだろう。そんな場面は見たくない。頼むから汚すなよ、と竜児は独りごちる。

キャッチャーからのしつこい要求に負けたように、ピッチャーがようやくうなずいて振りかぶる。

◇ ◇ ◇ ◇

その瞬間を、後に竜児は何度も夢で見てうなされることになる。見事なフォームから射出された剛速球が、バッターボックスの大河のヘルメットを吹き飛ばした。

◇ ◇ ◇ ◇

河川敷が悲鳴に包まれ、全員が総立ちになる。ただ一人「大河っ!」と叫んで飛び出した竜児が、ベンチとバッターボックスの中間で棒立ちになった。

ふわふわコットンのお人形さんファッションに身を包んだ少女は、バッターボックスにしりもちをついたまま、目を丸くして頭の辺りをぺたぺた触っている。あれ?ヘルメットどこ?そう言っているのが分かるようなしぐさ。ボールはつばの部分でも弾いたのだろう。幸いにも、頭にも顔にもかすり傷ひとつ負わせなかったようだ。

安堵のため息がグラウンドを包み込んだその時、一人立っていた竜児の心臓が爆発した。後で思い返しても、竜児は自分の心がどう動いたのかよく思い出せない。ただ、全身を熱湯が駆け巡るような怒りとともに、自分の心のなにかがべりべりと引き剥がされたような、そんな気分だった。

「何しやがんだてめぇーーーっ!」

その場で絶叫したTシャツの少年は一直線にピッチャーに駆け出した。事態を察して「スーパードライ」のベンチから選手が飛び出すが、追いつけるはずも無い。あっという間に竜児はピッチャーに飛びかかっていた。

冷静に考えて、「得意なこと、家事全般」の痩身の男が、元高校球児、現草野球のエースに荒事で勝てるわけが無い。まして竜児は、クラスメイトとのけんかすら1,2度しかしてない。それも口げんかだ(しかも相手は女の子)。インパラ対ライオン。体当たりしても跳ね飛ばされるのが関の山だ。

しかしながら、例によってと言うかなんと言うか、突進してくる竜児の顔が、決定的瞬間にピッチャーをほんの少しだけひるませた。まずい、あいつソノスジだったのか、と。

皮肉なことだった。16歳の泰子を捨て、入籍もせずに消えたチンピラ。母と子につらく長い苦労をさせた男。その男が、18年前竜児の顔に深々と刻んだものが、今、大河のために渾身の力で吼える竜児の小さな背中をほんの少しだけ、押した。

わずかに腰の引けたピッチャーに竜児が飛びかかる。二人してもつれ合うようにマウンドに倒れこみ、馬乗りになった竜児が顔をゆがめて握りこぶしを振り上げた。

「ぶっ殺してやるっ!」

生まれて初めて口にする荒々しい言葉と共に振り下ろされるはずだったそのこぶしは、誰かの大きな手のひらにがっちりとつかまれる。次々とつかみかかってくる大人達の大きな手のひら、太い腕に引き剥がされて、竜児の足は宙を蹴る。吼え続ける竜児に「高須君、落ち着け。大河ちゃん無事だから」と声がかけられる。

モヤシ男にかっこ悪く押し倒されて、立ち上がったピッチャーが、ちっと、舌打ちした。その彼に「スーパードライ」の監督さんがニコニコしながら声をかける。

「いや、悪かったね。怪我ない?」
「ええ、何ともありません」

そして返す刀で

「逢坂さーん、大丈夫?顔怪我しなかった?」

と大声。心配して駆け寄った大人たちに囲まれていた大河は、はっと顔をあげて首を横に振る。大丈夫、怪我はありません。

一瞬被害者の仮面をかぶるチャンスを与えられたピッチャーは、これでまた気落ち。女の子の顔に疵をつけるところだったのを思い出す。そしてきちんと立ち、大河に向かって帽子を取ると深々と礼をした。

突然始まった乱闘に息を呑んで見ていることしかできなかった観客は、これでようやくほっとすることができた。よかった。誰も怪我をしていない。バッターの子も、やっぱり女の子だね。立ち尽くしているところなんか、本当に可愛いよ。

だが、もしその場に逢坂大河のクラスメイトがいたら、きっと驚いたことだろう。なぜ逢坂大河はマウンドを血しぶきで染め上げないのかと。それは確かに奇異な光景だった。大河はその場に立ったまま、本当に怪我はないか、頭を打っていないかとあれこれ聞く大人たちにおとなしく囲まれていた。

そして審判は大人たちに囲まれたままうなだれている高須竜児に退場を宣告し、続いて大人たちに囲まれたまま竜児を見ていた逢坂大河に1塁進塁を命じた。

ふわふわコットンのお人形さんファッションは、お尻のところが汚れてしまった。だが、けなげに1塁まで走る少女に観客から拍手が沸く。やがてグラウンドを覆い尽くした拍手を浴びながら、その少女はうなだれて観客席に引っ込む少年の方だけを見ていた。

◇ ◇ ◇ ◇

俺はいったい何をしているんだ。

大河をつれて楽しいピクニックのはずだった。それがなんてざまだ。はっきり断れば良かったのだ。自分がしっかりしないばっかりに、大河は危険な目に遭い、服を汚し、おまけに自分は揉め事まで起こしてしまった。落ち着いて考えてみれば、ピッチャーだってわざとじゃないのかもしれない。ちょっと内側に投げたボールの手元が狂ったのだろう。

天気の良い日に二人で歩いて、二人でサンドイッチを食べて、二人で帰ってくる。自分はそんなささやかな幸せすら、大河に手渡してあげることが出来ないのか。それでいて保護者気取りか。何様のつもりだ。両足の間の土をにらみつけながら、鉄の味がするほど唇をかみしめる。まったく使えない男だ。何が大河を幸せにするだ。

自省的で頭のいい子ども。いわゆるいい子である竜児は、そのパラノイア気味の性格もあって、放っておけばいつまでも後悔を続ける。たぶん、マゾっ気も少しある。だが、その連続かつ稠密な自己否定は、グラウンドに響き渡った大河の

「たーーーーーいむっ!」

で強制中断された。ふわふわコットンの少女は、その場にいた全員の視線を背負ってまっすぐ竜児のところまで歩いてくる。そして何事か、と顔を上げる竜児の前にすっくと仁王立ち。

「ねぇ竜児。後であんたに話があるから。そんな顔してないで。私が帰ってくるまでしっかり待っていて」

薄い胸を反らせてふんっと見下ろす姿は傲岸不遜。いつもどおりのわがまま大河。人の気持ちなんか知りゃしない。そう、こいつはいつもこんな感じだ。気に入らなければ殴る、噛む、蹴っ飛ばす、ひっかく。ご意見無用の手乗りタイガー。

曲がっていた背筋をのばす。そういえば涙にくれる独身(30)の横でもこんな顔してたっけ。

両足に力を入れて立ち上がる。こいつに偉そうな顔をされると不思議なことに元気が出る。さっきまでの女々しい自己否定はどこへやら。竜児は馬上の拳王のごとき表情で大河を見おろす。

これで文句ないか。

悪くないわね。

にやり、と口許をゆがめて笑顔を交換すると、大河は監督さんに向き直って今更ながら質問をした。

「すみません、ユニフォーム借りられませんか」

おお、とチームメイトがどよめく。このポテンシャルでユニフォームに着替えれば、いったいどれだけの性能を発揮するのか。誰もが期待する。しかしさすがに手乗りサイズのユニフォームは無い。と、思いきや、あった。

「うちの子ので良ければあるわよ。汚れてるけど」

応援席にいたお母さんが声をかける。全員が振り向くと、横に小学生らしき男の子。私服だが、どうやら朝に試合があったらしくお母さんの手には汚れたユニフォームが。

「ああ、たけしのユニフォームなら合いそうだな」

チームメイトの一人が言うと、そりゃいい、と声が上がる。

「すみません、ご迷惑をおかけします。必ず洗って返しますので」

そう言って近づくと、親子共々ひっと声を上げて、せっかく立ち直った竜児をプチ・ブルーに染めてくれた。

「たけし君か。ごめんな。ちょっとだけお姉ちゃんにユニフォームを貸してくれるか?」

顔は北斗神拳だが怖くなさそうだと感じたのか、たけし君は多少もじもじしながら

「いいよ」

と、答える。その場にそぐわないブレスレットで飾り立てた手を振って静代が

「よし、大河ちゃん、あっちのトイレで着替えよう。服持っててあげるから」

声をかけたところで、今日の試合の趣旨を理解していない審判から注意が入った。

「『スーパードライ』、早くしてください!」

事態の推移に期待していたグラウンド全体がたちまち怒号に包まれる。

「待ってやれよ」
「いいじゃねぇか着替えくらい」
「ひどーい」
「ひとでなしー!」
「かわいそー!」
「お前の血は何色だ!」

たじろぐ審判の元に監督さんが駆け寄る。3塁の相手チーム監督にも手招き。短い三者協議がおわり、審判がいつの間にか内野席になった護岸ブロックを埋め尽くす観衆に向かって、静かに!と手を挙げる。

「15分間中断としますっ!」

今度は審判を褒め称える歓声が上がり、グラウンドが拍手に包まれる。静代と大河は既に駆けだしている。

「気丈だねぇ、逢坂さん」

いつのまにか近くに立って目を細める監督さんに、竜児は

「俺なんかより、ずっと肝が据わっています」

と、相変わらず拳王の表情。

◇ ◇ ◇ ◇

ふわふわコットンから動きやすいユニフォームに着替え、髪をまとめた大河は、仮設トイレから結構なスピードで戻ってきた。着ていた服を持っている静代は置き去り。まるでよくある漫画の安っぽい設定のよう。お前をなめていたよ。こんなものをつけていたんじゃ勝てそうにないな。とかなんとか。

あつらえたように少年野球のユニフォームが似合う大河に、たけし君が

「履いてみる?」

と、スパイクを両手で差し出した。サイズ合うかな?と首をかしげた大河だが、恐るべし手乗りタイガー。小学生のシューズがぴったり。慣れないスパイクの重さに戸惑っている大河に監督さんが声をかけてアドバイス。

「逢坂さん、ちょっと跳ねてみて…そうそう…じゃ、その辺ゆっくり走ってみて…今度はブレーキの練習…足を痛めやすいから気を付けて…よし、一旦止まってダッシュしてみようか」

静止状態から一呼吸置いた後、土煙を上げて猛スピードに加速する大河。押し殺したようなうなり声が周囲から上がる。味方を集めて再度円陣を組み、監督さんが大河に2,3指示を出している。わくわくしながら待っている観衆をよそに、一人、敵陣ベンチからじっとその様子を見つめている相手ピッチャー。

「大丈夫だね」

無言で頷く大河をみて、監督さんが審判に合図をおくる。審判の指示に従い、「ヘビースモーカーズ」の選手が守りにつき、大河が1塁に立った。9回表。1アウト。点差1。ランナー1塁。

興奮状態の観客が見守る中、役者はそろった。

◇ ◇ ◇ ◇

プロ野球なら緊迫の場面だろう。

だが、これは草野球。しかも本日「スーパードライ」は「へービースモーカーズ」に、ほぼ完封を食らっており、1番からの打順など屁の突っ張りにもならない。それでも、ピッチャーは両手を前で構えたまま、しばらくじっとしている。バッターとにらみ合っているのではない。1塁走者の大河とにらみ合っているのだ。

この試合、息詰まる投手戦はいつの間にかふわふわコットン少女対元高校球児になっている。そしてその少女は今や戦闘服に着替え、ふわふわコットンの下に隠していた爪をむき出しに、マウンド上のピッチャーとにらみ合っているのだ。

その辺の事情は観客もよく理解しており、「早くしろ!」、などと声を上げる素人は「黙ってろ!」と観客席から追い出されていく。二重三重にグラウンドを囲んだ野次馬と、護岸ブロックを埋め尽くす早くからこの対決に気づいた通の人々は、一瞬たりともこの対決を見逃すまいと固唾を飲む。遠くで橋を渡る車の音が聞こえ、風がグラウンドを渡る。

風がやんだその時、ピッチャーが視線を打者に戻し、クイック・モーションに入った。

「どーりゃーーーーーっ!!!!」

爪を大地に突き立てて猛然と加速する白い弾丸は、目を疑うような前傾姿勢。瞬く間に2塁ベースに滑り込んで衝突・停止した。よっこらせと起き上がろうとする頃になって、パン、と2塁に送球が届く。

うぉーっ!と巻き上がる歓声。グラウンドのあちこちで、何人もの人が鳥肌に身震いする。

「大河ちゃーん!きゃーきゃーっ!大河ちゃーん!大河!大河ーー!」

その場にそぐわない嬌声をあげて飛び跳ねる静代の勢いにつられて、いつの間にか応援席から大河コールが巻き起こる。それはたちまちのうちに若干の聞き違いを呼び、河川敷を呑み込む大コールに変わった。

タイガーッ!タイガーッ!タイガーッ!タイガーッ!

狂喜乱舞の観客から浴びせられる賞賛の嵐にも、2塁上の小柄な少女は至って冷静。ふんっ、汚れちゃった。とでも言いそうな風情で、ぱたぱたとズボンの土を払っている。さっきのホームランのはしゃぎようとは大違い。勝負の血でもたぎらせているのか。

いつまでも続くに思えたタイガー・コールは、足場をならしていたピッチャーが構えると、奇跡のように収まっていき、グランドを静寂が支配する。

1人悪役のピッチャーもたいしたもの。この完全アウェイ状態の中、マウンド上から2塁にいる少女をにらみつける。

チーム・メイトが竜児を振り返る。手を振ってやんなよ。

「あいつ見てませんよ」

それでも手を振ってやる。監督さんが一言、ぼそりと独り言を漏らす。

「まずいな」

大河はベンチを見ていない。見ていたって、ブロック・サインなんか理解できるはずも無いけど。

2塁、バッター、2塁、バッター、と小さく首を振ってピッチャーが大河を牽制する。そして、2塁を見るタイミングと見せてクイック・モーション。

大河が猛然とダッシュし、竜児はあっと声を上げた。キャッチャーが立ち上がったのだ。3塁は2塁より近く、しかも今度はキャッチャーが立っている。送球はさっきより比べものにならないほど早い。ミットに入ったボールを、滑らかな動作でキャッチャーが持ち替える。そして一瞬で3塁に矢のような送球。ボールは大河を確実にしとめるタイミングで3塁に到達し、そして3塁手の頭上を飛んでいった。

ぎゃーっと悲鳴に近い歓声が上がる中、竜児だけが舌を巻く。さすが大河。たった一度で滑り込みをマスターした。ベースに滑り込む際の運動量を脚のバネに吸収させ、そのまますくっと立ち上がり、ぱんぱんと土をはたく。あらやだ。また汚れちゃったわ。

「大河ちゃーん走れー!」
「突っ込めー!」

渦巻く歓声と怒号の中で、今度は何?と目を丸くする大河に、飛び出した竜児が腕を振り回して声よ枯れよとばかり絶叫した。

「大河ーっ!走れっ!走れっ!走れっ!!!!帰って来ーーいっ!!!!!!」

そうだ、帰ってこい。ここに。

弾かれた様に3塁から飛び出した大河が、瞬時にトップスピードまで加速する。ようやく球に追いついたレフトが、小娘をしとめんと見事な送球。しかし時既に遅し。

その日誰よりも速く塁間を駆け抜けた小さな白い虎は、ホームベースを踏むと、その向こうで待ち構える少年の元に一直線に帰ってきた。

「竜児ーっ!」
「大河ーっ!」

びゅん、と踏み切って飛びついた弾丸少女を少年が抱きとめる。誰もが少年は倒れるだろうと思ったが、その予想は裏切られた。寒い時期、二人が近所の橋のあたりで水中リハーサルをやったことを知る人は、ここには居ない。

「やったーっ、竜児!私やったよーっ!」
「大河ーっ、あはははは!お前やっぱ最高だよっ!今日二点目だよっ!何て奴だ大河っ!」
「竜児!竜児ーっ!」
「大河ーっ!」

大河を抱きかかえたまま、竜児は何度も乱暴に揺すってやる。お前は最高だ。ほんと最高な奴だ。チームメイトに囲まれて感極まって叫ぶ二人は、だから、審判の注意に気づくのに少し時間を要した。

まだ試合は終わっていません。

◇ ◇ ◇ ◇

四方からさんざん冷やかされて真っ赤になった二人は、そのままうつむいてベンチに座っていた。

おそらくは数百人規模にふくれあがった観衆からは、まだクスクス笑いやひそひそ声が散発的にあがっている。

とはいえ、今日はもう、これで終わりだろうと考える野次馬がほとんど。選手の家族は別として、ほとんどの人が次々にグラウンドを離れ始めている。ざわざわとした中で集中を欠くも、やはりまだ試合は終わっていません。

ここへ来て、竜児は再びピッチャーの冷静さに舌を巻く。グラウンドに居るほとんどの人が試合への関心を失ってがやがやとおしゃべりをする中、彼は見事な投球で残りの打者を打ち取った。9回表、「スーパードライ」1点追加。2対2。

「じゃ、ちょっくら守ってくるわ」
「うん、がんばって」

役目を終えた大河が、ベンチに座って顔を赤くしたまま竜児に小さく手を振る。まるで新婚夫婦の様に初々しい二人に、応援席の奥さん達も、若き頃の自分を思い出しているのか、心なしか笑顔が優しい。

本日2得点の大河を見て発憤した竜児は、よし、俺も、と決意を新たに構える。ここで一丁かっこいいところを見せずにどうする。さあ、俺のところに打て。イチロー張りのレーザービームでお前を射殺してやる。

と、言わんばかりの目つきで打者をにらむが、何も飛んでこなかったし、竜児の目もレーザービームを撃たなかった。

「高須くーん!君、退場だからーっ!」

観客に笑われながら、顔を赤くして竜児は観客席に戻る。大河だけは笑わず、同じく顔を赤くしてうつむいていた。本当は罰金ものらしい。

結局その日、竜児は約束通り突っ立ったままでライトの仕事を終えた。試合は2対2の引き分けで終わった。

◇ ◇ ◇ ◇

ところを変えて河川敷の広場で行われた合同打ち上げは、小さな少女の大活躍の話題で敵も味方も持ちきりだった。ひっきりなしに知らない人に声をかけられて困った様に笑っている大河を、竜児は少し離れたところで見守っている。

「竜児君も行ったら?」

静代に言われたが遠慮しておいた。あいつには、あんな風に多くの人の笑顔に囲まれる時間がもっと必要だと思う。もちろん、竜児は大河にもっともっと笑顔をあげるつもりだが、大河には知ってほしい。竜児以外の人たちも、大河にたくさんの笑顔をくれるのだと。

「竜児君の活躍も見たかったなぁ」

ビール臭い息を吐いて静代が笑う。竜児はにやりと笑って

「ボールが飛んでこないのはラッキーでした」

ウーロン茶を飲む。

大河を囲む輪に敵のピッチャーが割って入る。笑顔で大河に声をかけ、大きな手を差し出した。照れくさそうに大河が小さな手で握手をする。握手をしながらそのピッチャーは、ちらっと竜児を見て、大河の耳元に笑いながら何かをささやく。大河が頬を染める。むかっと腹が立った。お前、もう一度殺してやろうか。さっき殺し損なったけど。などと考えているわけでは…あまりない。

そのピッチャーは竜児の腹を読んだようにこちらにウィンクを飛ばして去っていった。

「あのピッチャー、すごかったですねぇ。高校球児だったんでしょ」

不愉快な奴だが、ピッチャーとしての力は認めざるを得ない。

「ああ、川嶋君ね。ピッチャーだったらしいね」

ぶほっ、と竜児がウーロン茶を噴いて静代に悲鳴を上げさせる。なんと言うことか。昨年同時期に続いて今年も大河の前に立ちはだかった名前に、思わず雨雲は無いだろうなと青空を見上げる。

◇ ◇ ◇ ◇

日曜日のお昼過ぎ。

河川敷の土手の上の道を、父親らしい男と少年が歩いている。だが、少し近寄ってみると男の後ろ姿は父親と呼ぶには若いようだし、野球のユニフォームに身を包んでいる男の子はえらく髪が長い。もしも魔が差して「お子さんの野球の帰りですか?」などと声をかけようものなら、「あぁぁ?」っと振り返った若い男の斬りつけるようなまなざしと、フランス人形のように美しい少女の引き裂くようなまなざしに腰を抜かすことになるだろう。

「あー楽しかった!」

大活躍した大河は、今日何回目かの「あー楽しかった」を繰り返す。そのたびに竜児も

「まったく、何度思い出しても今日のお前はすごかったぜ」

今日何回目かの賞賛の言葉を吐いてニヤニヤとしている。途中ひやひやしたとはいえ、終わってみればハプニングに富む楽しいピクニックだった。楽しすぎてまじめな顔ができない。

「今日のピクニックは95点だな」
「あら、100点じゃないの?」

何が不満なのよ、とふくれる大河を、きゅっと顔を引き締め

「お前、サンドイッチ全部人にやっちまったろう」

竜児がにらみつける。それは…と口ごもる大河。

打ち上げの後に始まったお昼ご飯では、大河の元に次々「これ食べて」とお弁当のおかずが差し入れられた。思わぬ好意の嵐に有頂天となった大河は、

「じゃ、これ食べて!」

と、こともあろうに竜児が作ったサンドイッチを次々に人に渡したのだ。

あのサンドイッチは、大河に食べさせるために竜児が心を込めて作ったものなのだ。大河の奴、肉好きだからな。よし、スパイスを少し変えてやろう、あいつ、違う味だから喜ぶぞ。どんな顔するだろう。自分の手料理を愛する人が食べて幸せそうな笑顔を作る。そのきわめて新婚の奥さん的な幸福を想像して身をくねらせていた竜児は、最後の一切れがおっさんに渡されたのを見てマリアナ海溝より深い絶望の淵に沈んだ。あの香辛料の大胆な割り振りは、食べ比べなければわからないのだ。たくさん食べる大河のために工夫したのだ。それをこともあろうにおっさん共に一切れずつ食わせるとは。豚に食わせる方がましだ。

ただひとり、あのたけし少年だけは父親と母親のサンドイッチを自分のと食べ比べて目を丸くしていた。

「お姉ちゃんの作ったこのサンドイッチすごい!全部違う味がするよ!!」

…お姉ちゃんが作ったんじゃないのよ…その場で凍り付いて消え入りそうな大河に「いいから黙ってろ。お前が作ったことにしておけ」と自らの深い傷に耐えて優しい言葉をささやくことが出来たのは、ひとえに今日最後まで戦った、あの川嶋投手の姿から学んだ、なにがしかのおかげである。

思い出しただけで竜児の目は狂おしく光りはじめた。ああ、やっぱりあのサンドイッチ。畜生。なんでおっさんなんかの口に。

そうね、遺憾よね。と、例によってまったくもって他人事で片付けようとする大河に竜児は嘆息する。まぁいい、気分の切り替えがさっと出来ないようじゃ、あの川嶋投手のようにはなれねぇや。俺はあんたこそ今日のヒーローだと思ってるぜ。むかついたけど。あ、そうだ。

「なあ大河、打ち上げの時、あのピッチャー何て言ってたんだ?」
「へ?あ、あれ、その」

ちょっと日焼けしたミルク色の頬をさっと染めて、大河がもじもじと

「『彼氏、なかなかやるじゃん』だって」
「そ、そうか」

つられて竜児も赤くなる。

◇ ◇ ◇ ◇

「ねえ竜児、帰りスドバ寄っていかない?」

土手の上の帰り道、甘えるように見上げる大河を

「だめだ」

竜児が一蹴する。今日は筋を遠さねえといけないことが二つある。さっき言ったろ、と。

「だって」
「我慢してくれ。わかるだろ」
「わかるけど………今日は一日竜児と一緒だと思ったのにな」

たけし君から借りたユニフォームは、ちゃんと洗濯して返さなければならない。ご両親は「どうせ汚れていたからこのままでいいよ」と言ってくれたが、だからといってお尻の汚れたふわふわコットンを大河に着せて帰るのも酷だ。だからスパイクだけ返して、ユニフォームは大河が借りたままで、そいういうわけで洗って返さないといけない。早く返すためには、今日洗濯するしかない。

そしてなにより、ふわふわコットンを汚してしまったお詫びを、大河の母親にしなければいけない。

「私が謝るからいいよ」

と、大河は言ってくれた。

だが、これだけは譲れない。この先、長い人生を大河と共に歩むにあたって、筋を通さなければならないことが無数に竜児の前に現れるだろう。それを逃げて回ることはしない。そう決めた。だから、ちゃんとお詫びもする。洗濯もする。それがお前のために俺が頑張ると決めたことなんだ。そう言われると、大河は何も言えなくなって、小さな声で

「わかった」

とだけつぶやいた。だから、今日は早く帰る。スドバには行けない。寂しそうに黙り込む大河に竜児がつぶやく。

「すまねぇ。俺のせいで」
「へ?」
「俺がもっとしっかりしていたら、」
「なんでそうなるのよ」
「だって俺が」
「あんたのせいじゃないじゃない」

大河の声が甲高くなってくる。さっきまでの陽気な会話はどこへやら、竜児の声は力ない。

いつの間にか、せっかくの楽しかった日曜日の気分が二人の間から消えていた。せっかくのいい天気なのに。せっかく二人っきりなのに。振り払ったはずの後悔が再び竜児を包み始める。俺がもっとしっかりしていれば、大河は危険な目にあわずにすんだのに。せっかくの服を汚さずにすんだのに。

夕方まで、二人で過ごすことが出来たのに。

「でも、俺さえしっかりしていれば」

とうとう大河が大声をあげる。

「だから何でそうなるのよ!あんったってほんっっっっっっとに」

肩をふるわせ、語気を強めていつものように「馬鹿!」とでも言う気だったのだろう。でも、大河はそこで言葉を切った。

二人きりの土手の上。風が川面を渡る。遠くで電車の音が聞こえる。もうじき、暑い季節が来る。

ため息をついて再び話し始めた大河は

「竜児、私さ」

つぶやくような口調。

「さっき、話があるっていったじゃない」

竜児はまっすぐ前を向いたまま。

「おう」

相変わらず元気がない。

「私あんたが喧嘩してんの見て、頭の中が真っ白になっちゃった」

竜児は立ち止まったまま、土手の上の道が延びていく、まっすぐ向こうを見ている。大河はうつむいて足下を見ている。

「変だよね。いつもなら私が真っ先に暴れてるのに」

少し、日が強い。ユニフォームに似合わないからと、竜児が持っていてやった白いつば広の帽子を、大河の頭に乗せてやる。

「あんたが私のために飛びかかってくれたのが、すごくうれしくて。でも、喧嘩なんかして怪我したらどうしようって、すごく心配で」

竜児はまだ、大河に言葉をかけられない。遠くを見ているだけ。そんなこともある。

「そしたら、いつもそうだったって思い出して」

たまには、大河の言うことを黙って聞いていたいこともある。大河の声だけを、こんな風に聞きたい気分の時もある。

「私は、あんただけは私を助けに来てくれるかもしれないって思ってた。そしたらあんたは本当にいつも、私を助けに来てくれた。文化祭の時だって、殴り込みの時だって、雪山の時だって、ママから逃げたときだって」

竜児が空を見上げる。大河はうつむいたまま

「大声を上げてるあんたをみて、そうだ、これからもたぶん、あんたは私のことをこんな風に守ってくれるんだって思ったの。なんて私は幸せなんだろうって」

最後の方は、声を少し震わせて。

竜児は青い空を見上げたまま、ようやく一言

「『たぶん』じゃねぇ。『必ず』だ」

と。大河が鼻をすする。

「竜児、だから私のことで、あんな顔しないでよ。私はあんたと一緒にいられて、幸せなのよ」

帽子、かぶせるんじゃなかったな。風呂敷をぽんと道端の草の上に落として、大河の頭から帽子を取り戻し、小刻みに震える肩を抱き寄せてやる。涙でぐしゃぐしゃになった顔をTシャツの胸に押しつけて、大河がしがみついてくる。

「ちょっとくらい失敗してもいいのよ。私はあんたと一緒ならいいの。だから、そんな顔しないで。笑ってるあんたが一番好きよ。あんたがそんな顔してたら、私もだめになっちゃう」

泣き虫め。

竜児の顔に、ちょっと困ったような、だけど優しげな笑みがようやく戻ってくる。

「すまねぇ。心配かけたな。俺はもっともっと頑張るよ」

大河の気持ちに答えたつもりだったのだが、どうやらハズレだったらしい。大河は大きく息を吸い込むと

「ばかばかばか!あんたは頑張りすぎだって言ってるのにどうしてわからないのよ」

泣きながらごしごしと顔をTシャツの胸にこすりつける。

竜児は、

「そうだな。頑張りすぎないように、頑張ってみるよ」

と、優しい顔で苦笑い。

涙交じりの声で大河がつぶやく。

「ばか」

土手の上。人通りがないこともない。ジョギングスタイルの男性が見ないふりで横を走って行く。知ったことか。河川敷を渡る風の音、遠くで聞こえる野球の声。車の音、電車の音。もうじき、虫の声も聞ける季節になるだろう。

もうじき、腕の中の大河も落ち着くだろう。

◇ ◇ ◇ ◇

五月の優しい風の中、二人で抱き合って立っていた。やっと落ち着いた大河が、小さな声で

「竜児」

と、呼びかける。

「おう」

優しい声で答えてやる。

「スドバ連れてって」
「だめだ」
「なによ、乙女の涙をこんなに絞りとったくせに。冷たいんだから」

くく、と喉の奥で笑ってやり過ごす。腕の中の大河が、もう一度、小さくつぶやく。

「スドバ行きたいな」

ずるい。と、竜児は思う。

わがままなくせに、甘ったれなくせに、泣き虫のくせに、大河は、竜児の心を揺さぶる。竜児の心臓を掴んで離してくれない。

日曜日の昼下がり。一本伸びた土手の上の道。遠くにぽつりぽつりと人の影。目の前の河川敷は、おあつらえ向きに誰もいない。土手のこっちは住宅地だが、まぁいいだろう。大して広くない竜児の背中でも、大河を隠す衝立くらいにはなる。

「お前、わがままだぞ」

精緻なガラス細工のようなラインを描くあごに指をかけて、つい、と上向かせる。されるがままに上を向きながら、頬には涙の跡、瞳には狼狽の色。薔薇の蕾を思わせる唇から小さく漏れる声を、竜児の唇がふさぐ。

くたっと、力の抜ける大河が崩れないように支えたまま、ゆっくりと口づけを交わす。心臓がばくばくと跳ねる。頭に血が上る。唇から流れ込む甘い毒が竜児の全身を駆け巡る。

ようやく解放されて力なく竜児の胸にしがみつく大河が、熱に浮かされたように小声で漏らすのは、なじる言葉。

「昼間っからなによ。まるでバカップルじゃない」

腕の中で2,3度上昇したように思える大河の体温に心臓をどきどきさせながら、竜児は

「ああ、そうだ。俺はきっと馬鹿だ。お前が愛しくて、愛しくて」

と、遠くを見る。

「お前のことを考えると後先どうでもよくなっちまう。まったく、どうしちまったんだろう」

つきあい始めたらもう少し慣れるかと思ってたんだけどなぁ。空を見上げて独りごちる。大河を想う、この苦しいほどの気持ちは、慣れるどころか今でも大きくなっていく。

「だったら…私も馬鹿なのかな。どうしよう…」

そうつぶやく大河を見下ろす。瞳を見つめて、ゆっくりとその言葉の意味をかみしめる。

「俺たち、正真正銘バカップルらしいな」
「遺憾なことよね」

二人見つめ合って、微笑んで。そしてもう一度だけ、白昼堂々の口づけ。

長い髪を束ねて少年野球のユニフォームに身を包んだ少女が、つま先立ちで伸び上がって恋人に唇をゆだねる。草の香りをはらんだ風が、土手の上の二人を優しく包みこむ。

この時が永遠ならいいのに、と少女は思う。でも、それは神様にもちょっと難しめの願いだったらしい。近づいてくる自転車の音に気づいて少女は身をかたくする。

「どうしよう、人が来ちゃう」

恥ずかしさにおろおろする少女に、恋人が優しくささやく。

「隠れてろ」

隠れるところは彼の腕の中しかない。小鳥のように震えながら、ついさっき、自分を守るために振り上げられていた腕に包まれて少女は目を閉じる。

少年は、何よりも大事な恋人を腕の中に優しく包んでやる。大丈夫だ。俺はいつだってお前を守ってやる。優しげに少女のつむじを見つめて微笑むと、少年は近づいてくる自転車に、「見るなよ」と、ガンを飛ばす。

◇ ◇ ◇ ◇

さんざん待たせた後に玄関に出てきた大河の母親は、思ったほど怒ってなかった。着替えを済ませた大河が、ユニフォームを抱えて後ろで心配そうに見ていた。

「高須君、あなたにはいろいろ言いたいこともあるんだけど、今日はこの後用事があるの。あなたにも言い分があるでしょうから、それはまた、機会があったら聞くことにするわ」

竜児はきちっと頭を下げて

「はい。今日は申し訳ありませんでした。日を改めて、ご挨拶に伺います」

とそれだけ。

頭の上で漏らされた溜息の後の

「私は『言い分を聞く』って言ったんだけどなぁ」

という独り言は、ちゃんと竜児にも聞こえていた。

◇ ◇ ◇ ◇

日曜の夕刻。

泰子の食事を作ってやる前に、竜児は自分の部屋にコットン・レースを重ねた白いふわふわのワンピースと少年野球のユニフォームを並べて、ぎらぎらと怪しく光る目を狂おしく走らせた。

ワンピースちゃん、今日はお尻のところが汚れちゃいましたね。大丈夫だよ。俺がきれいにしてあげるからね。このまま洗濯すると砂が取れなくなっちゃうから、まず、砂を取り出そうね。一粒一粒、きれいにとってあげるからね。それから染み抜きをしてあげよう。ちゃんと真っ白にしてもとのふわふわにしてあげるからね。君は俺の大切な大河の体を包むんだから、シミひとつあっちゃいけないんだ。わかるよね。

それからユニフォーム君。君もきれいにしてあげるからね。泥も草よごれもきれいに落として、大河の香りもきれいに落としてあげるよ。たけし君はいい子だけど、俺以外の誰にも大河の香りを教えたくないんだ。大丈夫、たけし君も俺の年になったらこの気持ちがわかるさ。あ、彼女が出来たらだけどね。

ワンピースとユニフォームが震えたように見えたのは、きっと窓から入ってきた風のせいだ。

立ち上がると、竜児はスチームと染み抜き道具を出すために押し入れを開ける。今日は久しぶりに高須流洗濯術の腕を存分に振るうことができる。浮き立つ心に我知らず、鼻歌など歌ってしまう。作詞作曲:高須竜児。「お洗濯の歌」

まっ白け~な~♪

◇ ◇ ◇ ◇

未知の惑星に不時着した宇宙船のクルー達による、男だらけの、しかし嫌に思わせぶりなサバイバル・ストーリーは、第10話になってもちっとも面白くなかった。

「おい、北村。この放送なんとかならねぇのかよ」

昼休み、机をあわせて一緒に弁当を食べている親友に竜児が愚痴をこぼす。

「まぁまぁ、愚痴るな。週2回の辛抱だ。それに生徒会は演劇部の放送に口を挟まないことにしているんだ。やぶ蛇になりかねないからな。なぁ」
「ああ、そうだな。『あなたの恋の応援団』が中止になるのはともかく、俺にお鉢が回ってくると困るよ」

話を振られた村瀬が軽口を叩く。北村が少しむっとする。

「馬鹿をいえ、あんな人気番組が中止になったりするものか」

お前、すこしは冗談を流すことを覚えろ。と、竜児は独りごちる。それにしても、このラジオドラマを聞いている生徒なんかいるのやら。潜在的リスナーと言える、かなり特殊な趣味を持っているらしい女子の一団ですら、

「昨日、妹が友達から聞いたって言ってたんだけどさ、やくざが小学生に無理矢理キスしてるのを見た子がいるんだって。小学生の男の子によ!」
「ええー?!何それ任侠なのBLなのショタなの?」
「新ジャンル、キターッ!」

と、いっこうにラジオを聞く気配無し。ま、しんとなってみんなが耳を傾ける北村のラジオの方が異常なのだ、と考えていると北村が

「なんだ、逢坂じゃないか」

と、入り口の方に手を挙げる。振り返ると入り口から大河がこちらを覗き込んでいた。竜児達をみつけて入ってきた大河は

「北村君、村瀬君」

と、手を振った後、竜児に困った様な顔をして、

「ね、一緒にお弁当食べていい?」

と聞く。

かすかにざわっと、教室が揺れる。2月に大エスケープをかましたせいで、竜児と大河の仲は3年生のほぼ全員にばれているが、ばれているから注目されなくなるわけでもない。ぽっと顔が赤くなるのを必死で抑えて

「お、おう」

と、椅子を勧めてやる。正面に大河。やっぱいいな。俺の弁当じゃないのは残念だが、そのお母さんの手作り弁当も気になるぞ。

「どうした逢坂、浮かない顔だな」

大河のミートボールに狂おしい視線を注いでいる竜児をよそに、北村はさすが生まれついてのリーダー資質。大河の表情を読み取ってきちんとケアを始めた。本来なら竜児の仕事である。

「あのね、みのりんに追われているの」

はぁ?と竜児もミートボールから視線をあげる。

「いつも追っかけ回しているのは、お前だろ」
「うん、それがね」

ばーん!とすさまじい勢いでいきなり入り口が開け放たれ、全員が振り返った。入り口には、噂をすれば何とやら、櫛枝実乃梨その人が立っている。そして、おぅ、と声をかける暇も与えず

「逢坂……大河ーーーーーーーーーーーーーーっっっ!」

陽気な笑顔で大音量の雄叫びをかまし、教室にいる全員をだまらせた。続いて、どこで仕入れてきたのか

「殴り込みじゃあああああっっ!」

その場にいる数人に強烈なPSTDを揺り起こす一言を発してくださった。

わざとだ、絶対わざとだ。試合で相手の気をそぐ訓練でもした成果だろうか。事実、北村は胸を押さえて冷や汗を流しながら口をぱくぱくさせ、竜児は顔の右半分だけひっぱげそうなくらい引きつらせ、大河は頭を抱えて目を白黒させている。つまり、うるさそうな3人をたったひとことで無力化してしまった。事情をいくらか知っている村瀬も軽い引きつり笑顔だ。

教師がやったら解雇モノの酷い仕打ちでその場を制圧し、実乃梨はいい色に日焼けした少女を従えてルンルンと教室に入って来た。そして目を線のように細めて楽しげな口調で

「逢坂大河ーーー出てきやがれぇ♪ あ、ここにいたのねん」

大河の後ろ襟をぐっと掴んでにっこり。

「さ、部室でお話しよ!」

そのまま拉致を敢行しようとする。

「竜児~助けて~」

いつものまっすぐに助けを求めてくる大河の表情に竜児が意識を取り戻した。

「まて櫛枝。いったい何の用だ」
「やぁ、高須君。これから大河とご飯を一緒に食べるのだよ。貸して?」
「大河は俺たちと飯を食ってんだ。一緒にここで食ったらどうだ」

とりあえず下手に出るのは気遣い人生を送ってきた草食系男子ならでは。しかし相手は前向きエンジン搭載の戦闘的肉食系女子高生である。

「ごめんごめん。でも私の方が先約なんだ。さ、大河、行こう!」

鎧袖一触のもとに竜児を退けた。

「やだやだ、竜児助けて!」

切迫した大河の様子に思わず竜児が立ち上がる。

「おいちょっと待て。らしくねえな。何たくらんでるんだ」

しまった、ちょっと言い過ぎた。

「みのりんは私にソフトボール部に入れって言うの」

全然言い過ぎじゃなかった!

「いやー、大河の運動センスが抜群だって知ってはいたんだけどね、まさか野球センスがそれほどいいとは。まったく灯台もと暗しだよ」

あっはっはと笑う実乃梨の後ろで運動部系少女が話を継ぐ。

「逢坂先輩!日曜日の試合、私見てました。あんなスチール見たことありません。惚れました!ソフトボール部に来てください!」

お願いします!と褐色の少女が頭を下げる。ち、目撃者がいたのか。と舌打ちしてからたじろぐ。あの「お前最高だ!」も見られたのか。顔が火を噴きそうに熱くなった。

とにかく、この場を何とかしなければならない。

「大河、お前はどうなんだ?ソフトボール。したいか?」
「したくないしたくない。部活なんかしたくない。みのりん放してよ!助けて竜児~!」

婚約者の言葉を聞いて、ほんの少し竜児が落ち着く。話せばわかるとでも言うように

「じゃ、話は早いな。櫛枝。あきらめろよ」

と、柔らかく説得するのだが、横やりが入った。

「高須先輩は黙っていてください」

と、小麦色の少女が言ったのは、きっと予備知識のせいだ。

実乃梨に「高須君?やさしいよ。全然怖くないよ」とでも普段から吹き込まれているのだろう。その上日曜日の河川敷で全然活躍しない竜児を見た。なんだ。怖いの顔だけじゃない。見かけばっかり。ある種のスポーツ少女が時におとなしい男子に抱く侮蔑のようなものが、あるいはあったのかもしれない。

あったのかもしれないが

「ああぁ?」

と、こっちを見た竜児と目があって、反射的に一歩退いた。目の前の上級生は、かるい前傾姿勢で机に右手をつき、左手はズボンのポケットの中。怒りに顔を真っ赤にし、ぎらりと光る白目の中で小さな瞳がどす黒い狂気をまき散らしている。予備知識なんか役に立たなかった。この世には学校が教えてくれないことがあると今知った。乙女の防衛本能は、それまで積んできた修練を軽々と上回り、日焼け少女に悲鳴を上げさせる。いや~っ!だがその悲鳴すら、恐怖で声にならない。

「お前2年か」

問われても、ひっ、と喉の奥で音を立てるだけ。

「ここは3年の教室だ。ひっこんでろ」

櫛枝先輩の嘘つき。怖くないだなんて嘘つき!だってあの人、背景ゆがんでるよ。

自分の目が潤んでいることすら気づかないほどびびった可哀想な少女は、そのまま教室から飛び出していった。

「高須君、うちのかわいい後輩、脅かすのやめてくんないかなぁ」

実乃梨がニカッと笑いながら、目ん球をひんむいて言う。

「なんだ、櫛枝の後輩だったのか。あんまり礼儀知らないんで帰宅部だと思ったよ」

竜児がニタァと笑いながら、目を眇めて言う。

二人とも内心まずい、と思いながら引くに引けない状況になってきた。これじゃ去年の文化祭の二の舞だ。大河の事となると、いまいちブレーキの効きが悪い二人は、文化祭の時に大喧嘩をやらかしてしまった。今の状況は、その時の状況そのものである。お互い仲はいいんだから喧嘩はしたくない。だが、大河のことは譲れない。このままではまた喧嘩だ。誰か止めてくれよ。

かつての米ソ冷戦時代のごとく、にらみ合って引っ込みが付かなくなった二人を教室にいる生徒が固唾を飲んで見つめている。パンを買ってきた生徒も教室に入るなり何事かと目を丸くしている。一触即発。こういうとき、必要なモノは両国に伍するほどの国力と外交手腕をもった仲裁者だ。

「あ、握手ーっ!」

大河が二人の手を握って無理矢理くっけた。大河、国力はともかくお前の外交手腕じゃ…。それにその手は去年だめだったろう。が、しかし。と、竜児はコンマ5秒で頭を切り換える。お前の努力は無駄にしねぇ。見てろ大河。努力ってのは報われるんだ。

「そ、そうだな。喧嘩してもしょうがねぇ」

大河に握られた右手のこぶしをぱかっと開く。応じて実乃梨も

「そ、そうねぇ。ははは。おいらとしたことが、つい熱くなっちまったぜ」

大河の仲裁を受け入れて、二人は握手を交わした。

実乃梨の手のひらは、昨日の大河の手のひらと大違いだった。いったい何万回素振りをすればこうなるのか。実乃梨が行っている努力に胸が熱くなり、ぐっと握手の手に力が入る。実乃梨がそれに答えるように、ぐぐっと力を込める。

しかし竜児の手のひらも、熱い鍋に鍛えられて皮が厚くなっている。負けないぜ。ぐぐぐっと握手の手に力が入る。

ぐぐぐぐ。うぉ。こんにゃろ、ちくしょ。櫛枝、もういいから離せ。なにいってんだよ、高須君こそ離しなよ。お前後輩泣いているぜ、早く行って慰めてやれよ。高須君こそ、こんなに女の子の手を握ってると、大河に嫌われるぜ。んぬぬぬ。負けてたまるか。ぐぎぎ。

さっきまでの和解ムードもどこへやら。対抗心をむき出しに相手の手を握り締める二人。しかし、手の中で何かがごりっと音を立てた瞬間、竜児は走馬燈の前で土下座していた。大河、お前の努力、無駄にしちまったみたいだ…

「いってーーーーーーーっ!」

つんざくような叫び声に、うぉっと実乃梨が手を離してバックステップ。それをびしっと指さした竜児は

「大河!ソフトボールなんかだめだ!こいつみたいに怪力女になるぞっ!」

と、手乗りタイガーの二つ名で知られる学校一の暴れん坊に涙目で力説。にゃにおうぅと顔をゆがめた実乃梨があわてて亜美顔負けの仮面装着。ひまわりのごとき笑顔をまき散らして

「やだなぁ、高須君冗談きついよ。私が男の子に握力で勝つわけ無いじゃない」

と、誰も信じない取り繕いをする。

「まったくお前達と来たら。喧嘩するときはいつも逢坂のことだなぁ」

いつの間にか平静を取り戻した北村が他人事のようにつぶやいた。

「しかし、食事時に騒ぐのは感心しないぞ。埃が立つからな」
「「だったら早く止めろ!」」

竜児と実乃梨がびしっと北村を指して突っ込む。ぷっと村瀬が吹き出した。

◇ ◇ ◇ ◇

「ねぇ、竜児。今日たけし君ちに行くんでしょ?」
「おぅ、ばっちり洗濯染み抜き終わったぜ。お前のもな」
「じゃ、私も一緒に行く」
「そうか、じゃぁ俺の家によって洗濯物とってからな」

竜児のアパートは、大河の新しい家からそう離れていない。だから、よく一緒に帰る。クラスが変わってからも、以前のように毎日ではないが結構待ち合わせをして二人仲良く帰っている。変わったのは、一緒に買い物に行かなくなったことくらい。

泰子がまだ帰ってきていないアパートに入る。すぐ終わるので大河は玄関で待っている。きれいに仕上がったふわふわコットン・ワンピースとユニフォームの紙袋を持ってくる。私もひとつ持つ!と大河。じゃ、こっち持ってくれよ、とユニフォームの紙袋を渡してやる。

ふわふわワンピースを渡すと、しっかり抱えてぺちゃんこにしてしまうかもしれない。と、いうことを大河に言わずに安全策をとる。呼吸をするように無意識に気配りができる竜児ならではだ。大河を略奪するつもりの男がいるならば、彼は事前に竜児を観察し、大河のメンテナンス・コストをきちんと見積もるべきだ。

◇ ◇ ◇ ◇

たけし君はまだ帰ってきていなかったが、お母さんはユニフォームの仕上がりに驚きの声を上げた。真っ白どころの話ではない。いくらがんばっても落ちなかった草や泥、お弁当のソースのシミまでもがきれいに落ちている。竜児は黙っているが、ほつれかかっていたゼッケンもきれいに縫い直した。

「クリーニング代高かったでしょ」
「いえ、全部うちでやりましたから」

の一言が、さらに主婦を驚愕させる。竜児はお洗濯が得意なのです、と、日曜日に大活躍した女の子が満面の笑みで得意げに胸を張った。

「すごいわ、新品みたいよ。たけしも喜ぶわね。ほんとうにありがとう」

借りたものを返しに行っただけなのに、ずいぶん感謝されて竜児は照れくさそうに笑った。

よかった。喜んでもらえた。頑張って洗濯してよかった。

◇ ◇ ◇ ◇

だがしかし。たけし少年は喜ばなかった。チームの中でただひとり新品同様に白く輝くユニフォームを着て現れた彼は、友達からさんざん冷やかされる事となったのだ。

「お姉ちゃん、洗濯しすぎだよ」

いみじくも逢坂大河が言ったように、頑張り過ぎるのは高須竜児のよくない所である。

(天気がいいからピクニックに行こう 完)

あとがき

「クリーム・ソーダ」に続いて書いた作品。設定は「クリーム・ソーダ」の10日後あたりの話ですが、独立しても読めます。まだ、つきあい始めたばかりで初々しい二人を書きました。

前作が好評だったのに気をよくして、いろいろなネタを埋め込んだり、キャラに凝ったことをさせたのですが、総スルーされ、「ああ、スレ読者はこんなの望んでいないんだ」と夕日に涙したものです(w

個人的な思い入れもあって、一番好きな作品の一つです。 続編は「You are too beautiful」。

初出 : 2009年4月12日

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