Sundays, October 4/4

10月最後の日曜日、竜児と大河は久しぶりにピクニックに出かけた。

仕事のある泰子は残念ながら誘えなかったが、大好きな河川敷のピクニックコースは手をつないで歩く二人の未来を祝福するかのように晴れ渡っていた。

途中、野球に誘われることも、おぼれる美人女子大生を救出中のロン毛男に会うことも、死んだはずなのに生き返ってきた黒猫男に出会うこともなく、折り返し地点の大きな木に無事到着。

木陰で二人で食べたのは竜児手作りのサンドイッチ。チキン、牛、とんかつ、卵、と少々動物性タンパク質の多すぎるサンドイッチは、一つ一つ絶妙にスパイスが変えてあり、大河は大満足。

お腹いっぱいになって眠くなった大河に竜児は腕を枕として貸してくれ、二人木陰でお昼寝タイム。

寄り道したスドバについつい長居してしまい、、帰る頃には暗くなってしまった。マンションの前まで送ってくれた竜児は大河にお別れのキスをしてくれた。

100点満点で言うと、99点。

食事中ふらりと現れたちっちゃなキジトラに、大河が卵を与えたのが竜児としてはちょっとご不満だったらしい。

◇ ◇ ◇ ◇

「ただいま!」

食事ぎりぎりの時間にピクニックから帰ってきた大河に、母親が声をかける。

「早く手を洗ってきなさい。あ、そうそう、郵便来てたわよ」

えっ!と声をあげて大河が笑顔になる。あわてて自分の部屋に駆け込んだ。

「走っちゃ駄目でしょ」

という母親の小言も気にならない。それは机の上にあった。ホテルのロゴ入りの大判の封筒が。

手で封を破こうとして、あわてて止める。ドジな大河は中身ごと破きかねない。

「はさみはさみ」

はやる心を抑えて、慎重に封筒の一番頭だけをはさみで切り取る。

中身はホテルのレターに書かれた目録と折りたたんだ厚紙。厚紙にはセロテープでメモリ・カードが貼り付けてある。レターにはアルバイト代は別途書留で送ることが書かれていた。大河の笑顔が一段と明るくなる。これでしばらく、クリスマス・プレゼント代の心配はしなくていい。

さて、と折りたたまれた厚紙を開く。手が震えているのが自分でもわかる。

「…信じられない…」

厚紙の中には数枚の大判に焼かれた写真が挟んである。一番上にあるのは自分自身の…逢坂大河の…ウェディング・ドレス姿だ。

「信じられない、信じられない、信じられない!」

口をふさぎ、押し殺した声で同じ事を何度も言う。その場でどたどたと足踏みする。

「大河!うるさくしちゃだめでしょ!もうご飯よ」
「わかってる!」

うるさいなぁ、と愚痴りながら、大河は満面の笑み。スタジオでプロが撮った完璧なウェディング写真がそこにあった。その姿を竜児に見てもらったのだ、と改めて思い出す。

「信じられない」

ウェディング・ドレスを着せられた時に自分の姿を鏡で見せられた。それでも何だか現実のこととは思えなかった。その姿を、確かに、竜児はきれいだと言ってくれたのだ。先週起きたばかりのハプニングだ。こうして写真を見ても、嘘のようだ。

ほかの写真を見る。アップの写真、うつむいている写真、斜めから撮った写真。どれも、間違いなく自分のウェディング写真だ。その姿を、竜児がきれいだと言ってくれた。何度思い出しても信じられない。あれは夢のような出来事だった。

「大河!ご飯!」
「わかってる!」

来週は泰子を引っ張り出して今年最後のピクニックに遠出する計画だ。そのピクニックで、泰子にこの写真を見せてあげよう。こんなお嫁さんが来ますよ、と自分の手で見せてあげよう。竜児の作ったお弁当を囲んで、三人で写真を見るのだ。思い浮かべるその様子は、とてもとても幸せにみえる。

そしてもちろん、ばかちーにも見せてあげないといけない。もう一度ちゃんとお礼をいって、みんなに内緒で見せてあげよう。

「大河!」
「いーまーいーくー!」

ふーんっだ!

あとでパパとママにも写真を見せてあげるから楽しみにしていてね。ちょっとだけしか見せてあげないけど。結婚を許してくれないのはパパとママなんだから、これは全部は見せてあげない。ちゃんと見たいなら5年後まで待ってよね。

◇ ◇ ◇ ◇

年が明けて1月。

ホテルに現れたのは、どこからどう見ても怪しいカップルだった。

女は真冬だというのに妙に露出の多い格好。ミニのスカートに谷間をばっちり強調したFカップ。顔の作りは子どもっぽいくせに、時折色っぽい表情をする。というか、近づいてみると肌にはややお疲れ様な感じもちらほら。

男のほうは、女の恋人にしては若すぎるように見える。腕を絡め取られて顔を赤らめているところは純情そうだが、そのくせ目つきだけは切れそうなほど鋭くて恐ろしげ。

「おい泰子、あんまりベタベタするな」
「もう竜ちゃんたら恥ずかしがってぇ。かわいい!」
「あほか。どこに実の母親に絡みつかれて堂々と街を歩けるガキが居るんだよ。はなせ」
「やだやだ、大河ちゃんに竜ちゃんとられてぇ、やっちゃん寂しいんだもの」

周囲からうろんな目で見られながら、竜児はロビーを見回す。その視線にあわせて左から右へと顔を背ける人がウェーブを作る。軽く落ち込みながらも、目的のものを見つけると、泰子を連れてフロントの脇へと進み、スタンドから「春のブライダル・フェア」と書かれたパンフレットを手に取ってぱらぱらとめくった。

「あった」
「やっちゃんにも見せて!」

その写真は、ウェディング・ドレス紹介ページの後ろから2ページ目にあった。1/4ページほどに縮小した写真には、かわいらしい少女の全身像が写っている。

「なんだぁ。大河ちゃんの写真ちっちゃーい」
「いいじゃねぇか。こんなのは大きいと変な奴の目にとまるから、このくらいでいいんだよ」

刺すような目つきの竜児を見上げ、泰子が妙にに興奮した顔をする。

「えへへへへ。そうよねぇ。じゃ、持って行こうか」
「って、お前。どんだけ持って行く気だよ」

20冊ほど掴んだ泰子を竜児が制止する。

「だってぇ、みんなに配りたいの」
「だから、見せるなって言ってるだろう。ほら、じいちゃんのとこの分と」

そうやって2冊泰子の手に持たせ、残りを戻す。竜児の手には、見る用、予備用、永久保存用の3冊が握られている。

目的を果たした怪しい二人連れは、回れ右をするとホテルのロビーから立ち去った。

◇ ◇ ◇ ◇

受験勉強も最後の追い込み。夜遅くまで勉強をする竜児の机には、2枚の写真が飾ってある。

1枚は、5月の頃、二人でスドバに行った際にこっそり櫛枝実乃梨が撮影した写真。写真の中の大河は、フレームの外に居る竜児を優しげな目で見つめている。

もう1枚は10月にプロの写真家が撮影したウェディング・ドレス姿の肩から上のアップ。大河が選んでくれたその1枚は、スタジオではなく竜児に衣装を見せたときのもの。きれいだと言われ、ようやく見上げることが出来た竜児へ向けるその顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいる。写真の中のヴェールで髪を飾った大河は、5年後に竜児が花嫁として迎えてくれる日を心待ちにしている。

そこそこの掃除しかしていない泰子だが、この2枚の写真立てだけは高須棒で毎日丁寧に埃を取っている。

◇ ◇ ◇ ◇

2月の半ば。

街が甘い香りに包まれて浮き足立っているちょうどその日の、とある乗り換え駅にある大きなホテル。ふらりと現れたその女は、フロントを素通りして風に乗るように軽やかに大理石の床の上を歩いて行った。長い廊下の行き止まりにある別棟はウェディング会場だが、仏滅の今日は閑散としている。

その会場ロビーの脇には白い階段があって、2階の相談コーナーに続いている。コツコツとヒールの音を立てて階段を上ると、値の張りそうなコートを着た彼女はあたりを見回した。

招待客が集まる1階は豪奢な作りだが、挙式の打ち合わせや採寸が主な業務の2階は比較的事務的な雰囲気になっている。たとえば1階にはマネキンに着せた華やかな花嫁衣装がガラスケースに展示されているが、2階には花嫁衣装をまとったモデルの写真がパネルにして飾ってあるだけだ。

彼女は、その等身大の写真パネルを端から順に見ながら歩いて行く。どのモデルも自信に満ちた目でカメラを見据え、営業で鍛えた花びらのような笑顔を振りまいている。よく見れば彼女自身も驚くほどの小顔で、色つきめがねで覆っても写真のモデルたちに負けない美貌は隠しようが無い。コートで覆っていても、その身のこなしからしなやかなで美しい体つきが想像できる。

興味のない風で歩いていた彼女は、一番端のパネルの前で脚を止めて、写真に向き合った。

ヒール込み170cm越えのモデル達に並んで、その一枚だけはどう考えてもなんとか150cm。しかも、あからさまに素人。にもかかわらず、独特の光を放っている。

肩の辺りを露出したシンプルなドレスは、モデルの少女の華奢な体の魅力を余すところ無く引き出して他のパネルにはない透き通った清純な香りを放っている。ミルク色の柔らかそうな頬はかすかな桜色にそまり、バラの花びらのような薄い唇に浮かんだ、はにかむようなかすかな笑みが見る者をとらえて放さない。やや伏し目がちな瞳は愁いをたたえた薄い色で、しかしよく見ればはっきりとした喜びに満ちている。その瞳を長いまつげが無遠慮な視線から護る。わずかに灰色がかった長い髪はヴェールで飾られ、全体に流れる美しいフランス人形のような雰囲気を強調している。

パネルをしばし見つめた彼女は腰をかがめ、顔を少し伏せ、色つきの眼鏡をずらして、きらきらと光る大きな目で写真の少女の顔を観察する。幸せそうな笑顔の向こうに何か見逃したものはないか。

しかし、注意深く見ても、心配しなければならないような陰はそこにはなかった。

あるのはただ、何年か後に自分を迎えに来てくれる男を待つ少女の、幸せに満ちた微笑みだけ。

彼女は写真の少女の表情に満足そうな顔をすると、色つき眼鏡を元に戻す。背中を伸ばして深呼吸し、ぱっと明るい笑顔に切り替えて歌うようにつぶやいた。

「高須君には教えてあーげない」

そして軽やかにターンすると、ヒールの音を響かせながら、甘い香りのただよう街へと消えていった。

(完)

あとがき

「クリーム・ソーダ」シリーズの完結編。ある意味一番の原作レイプ(w

燃え上がるような恋に突き動かされて、高校卒業後入籍、同居……気持ちはわかるけど「とらドラ!」の舞台はそんなに甘くないでしょ、というもやもやがあってこの作品を書きました。高校三年に進級して、もう誰も別れろとは言わないかわりに、高須のじいちゃんばあちゃんも大河の母ちゃんも「落ち着け」と言うはずで、二人がそれを壁と考えるならもう一波乱あるだろうなと、書きながら考えました。

「とらドラ!」のSSをしつこく書いたのは、原作の竜児に感情移入しきってしまって「大河をこれ以上悲しませたくない」と思っているからです。でもその方法は短絡的なものではなく、たぶん腰を据えた物になるべきじゃないかなと。いや、物語世界とはいえ、二人には末永く幸せに暮らしてほしいものです。

初出 : 2009年4月24日

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