イリヤの空、UFOの夏

精神状態の悪いときに読んではいけない本というのがあって、出来のいい、バッドエンドの本というのがそれに当たります。

ハッピーエンドならもちろん文句ないですし、バッドエンドであっても出来の悪い本であれば忘れてしまえばいいのです。しかしながら、世の中には忘れられない一冊として頭の中に巣くいつつ、しかもたまらなく救えない物語があります。そう言う本は注意深く接していかないと、あまり気分の良くないときに読んでは心身共に悪い影響を与えます。

「イリヤの空、UFOの夏」は秋山瑞人の代表作です。しっかりした文章力に裏打ちされた確かな物語を書く、この寡作な作家は、どの作品をとっても読者をうならせます。表紙にだまされて読み進めるとダメージを負った読者が血を吐くことになる「猫の地球儀」、金属を削りだしたような硬骨のSFでありながら、読む者の胸をえぐる「我はミサイル」。いずれの作品も、「何故生きるのか。生きる意味は何か」を読者の前で問うのが特徴です。

この作品もそんな一作です。

学校一の秀才にして変人である部長のために夏休みをUFO探しで棒に振った浅羽直之。彼は夏休み最後の日に忍び込んだ夜のプールで奇妙な少女と出会います。おずおずとしたひとときの交流ののち、彼女と分かれた直之は、夏休み明け、その彼女が自分のクラスに転入してきたことに驚きます。クラスメイトに溶け込めない彼女ですが、なぜか自分にだけは懐くことに浮き足立つ直之。基地周辺のUFOに謎のにおいをかぎつける部長、突然のライバル出現に焦る晶穂。急に華やかな色に彩られた直之の夏は、さわやかな青春の心地よい風を呼び寄せた後、しかし夏の終わりに向かってゆっくりと暗い影に包まれていきます。

セカイ系、という一頃人々の口に上ったジャンルの代表作とされた本作は、何の拒否権もなく世界の命運を負わされた少女が、片手で数えられるほどの友達にゆっくりと心を開いていく様を丁寧に描きます。彼女の願いは、切ないほどのささやかなものですが、情勢はそんなささやかな願いすら許しません。

十分によく練られたストーリーの上に立つ本作は、しかしそれだけでは語り尽くせない何かを持っています。それが何かといえば、やはり作者の力量でしょう。特に終盤、それまで直之にとって謎だった「イリヤは何者で何を考えているんだろう」という問いは、時計の針を逆に戻すという残酷な仕掛けの中で開陳され、彼と読者の心臓をえぐります。

この小説の結末には多くの意見があります。あれでよかったのか、あれではよくなかったのか。不幸なのか、幸福なのか。ありがとうといってあげるべきなのか、何故、と責めるべきなのか。それらは多分結論の出ない話でしょう。しかしながら、作者がこの作品の焦点を「愛する人のために死ねるか」ではなく、「その人のために死ねるほど、愛している人はいるか」に持ってきたことだけは、強く心に留めておかなければなりません。だからこその「よかったマーク」であり、物語の端々で唐突に出てくるそれが胸を打つのです。

ところで話がそれますが、「とらドラ!」作者である竹宮ゆゆこの「イリヤの空、UFOの夏」好きはよく知られています。一番目立つ例ではスピンオフ 3巻に出てくる「THE 部長」に、直之の所属する園原電波新聞部部長へのオマージュが捧げられています。そして読み終わってみれば、暗喩に満ちた「とらドラ!」本編にも、本作との多くの類似点が見受けられます。それは「見てはいけないラブレターをうっかり見てしまった」シーンであり、文化祭でのダンスであり、状況からの逃避行です。

「とらドラ!」という作品は、もちろん今更注釈など不要の名作です。が、その作品を「イリヤの空、UFOの夏」へのアンチティーゼとしての少女救済物語として考えるのも、また一興です。

なんにせよ、「イリヤの空 UFOの夏」は、精神状態が良いならば、是非にと薦めたい一冊です。

イリヤの空、UFOの夏 (電撃文庫)

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About みとっち
とらドラ!と古典部のSSを書いています。

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