小説「氷菓」、謎の解決状況

(核心部分のネタバレがあります)

どこかに書いた気がしますが、わたしの米澤穂信のファン歴はたかだか1年弱にすぎません。その上推理小説の読書量というと、はなはだ心許ない少なさで、おそらくこれまで20冊も読んでいないと思います。おまけに半分以上は米澤穂信を読み出した後です。そう言うわけで、推理小説に関して語る術をわたしは持ち合わせていないのです。ただ、「あの本の巻末解説にはこう書いてあった」と言えるくらいが関の山です。

しかしながら、それほど心許ない推理小説歴であっても、「あれ?」と、思う事はあります。たとえば、今回取り上げる「氷菓における謎の解決状況」なんてものが頭の隅に雪だまりのように残っちゃうんですよね。

何が言いたいのかわからんと言う人がいると思いますので、まずは小説「氷菓」に登場した事件の解決状況の一覧をご覧ください。

  • 密室の少女事件:奉太郎の推理はまず間違い無いと思われる。ただし、用務員に3階を施錠したか確認したわけではない。
  • 愛無き愛読書事件:同じく2年生女子には確認していないが、こちらはさらに間違い無いと思われる。
  • 遠垣内事件:奉太郎の脅迫は成功したが、遠垣内が何をしていたか本人には確認していない。
  • 優しい英雄事件:関谷純が「望んで全校生徒の盾になったわけではない」ことで間違い無いと思われる。糸魚川教諭は顛末をほのめかしただけだが、肯定と見ていい。
  • 『氷菓』の表紙イラスト:摩耶花の予想が間違っていないと糸魚川教諭が首肯した。
  • 『カンヤ祭』の語源:里志の調査結果で間違いないと思われるが、糸魚川教諭は肯定も否定もしていない。
  • 『氷菓』のタイトル:依頼人の千反田さんが奉太郎の推理結果から「悲鳴」を思い出したので、間違い無いと思われる。ただし、糸魚川教諭は何もいわなかった。
  • 45年前の運動の影のリーダー:不明
  • 関谷純の生死:探す必要は無いと、喫茶店で千反田さんが言った。

たとえば少年漫画系の推理劇なら、「犯人はあなただ!」「畜生、ああ、そうさ、俺がやったのさ」的な形式にのっとり、大団円ですべてのトリックと動機が犯人の口から語られます。勧善懲悪という枠組にのっかるのなら、犯人は裁かれる必要があります。

一方の「氷菓」は日常の謎と言われるジャンルに属するそうですが、これは列挙したわたしもびっくりです。なんと、証人を含む関係者がはっきり推理の結果を肯定した謎は、「表紙イラスト」たったひとつしかありません。一歩譲って、関係者が否定しなかった事まで数えるとしても、結果がはっきりしたのは半分程度です。この作品では、確認が取れる結末でも確認はとりません。

それを象徴するかのようなことを、図書館で奉太郎は思います。

「大事なのは真実ではない、千反田が納得することだ」

これはなかなか重要なセリフで、実は古典部シリーズを通して、多くの事件で奉太郎は千反田さんがどう思うかを重視して推理します。依頼人のために真実を明らかにするのではなく、依頼人を満足させる回答を探しているのです。そう考えれば、上のような結果は当然と言えます。千反田さんが納得しているのなら、余分なエネルギーを使って関係者に「合ってますか」と念押ししてまわる必要もありません。まして、聞かれていない影のリーダー、関谷純の生死を調べる必要など無いのです。

有り体に言えば千反田えるという少女は、10年前に叔父を相手にしていた「これなあに?」とあれこれ聞いては答えを教えてもらう遊びをやめられず、奉太郎相手に続けています。そして彼女が欲しいのは本当は真実ではなく、謎を解消してもらうカタルシスなのかも知れません(叔父の言葉を除く)。

推理ともう一本、人間の物語を軸として必ず持つ米澤穂信の作品では、推理結果が真実だったかどうかは重要視されていないことが多いように思えます。また、多くの謎が特にはっきりと明かされずに放置されている事も多いようです。どうでしょうか。わたし、気になります!

SSを公開しました

古典部SS 「紺色の研究」を公開しました。蛇足ながら、このサイトに置いてあるテキストはすべて全年齢版です。

「氷菓」 第5話 歴史ある古典部の真実

脚をぱたぱたさせたり、机にふにゃっと突っ伏したり、里志にぶつかったり、ごまかすために身をよじったりと、あざとさ全開!摩耶花無双回でした。

いえ、そうじゃなくてですね。

千反田邸で45年前の出来事をつかみ取った奉太郎ですが、一人になっても虚脱状態です。関谷純が殉じた薔薇色の高校時代は、奉太郎にはどうしても実感がわきません。そのとき偶然かかってきた姉の国際電話で、奉太郎は自分が考えていた「関谷純の薔薇色の青春」に何かおかしな点があると知ります。姉の電話が切れた後、再び史料と向き合った奉太郎は、関谷純の真実に迫る上で足りなかったものは何か、あらためて考えを巡らせます。

目をそらす

表面的には関谷純の事件は、「すべてをおっかぶせられて追い出された」男の物語でした。しかし、里志があとから指摘したように彼を英雄として讃える欺瞞がその後蔓延します。

「氷菓」の意味がわかったときに里志と摩耶花はそれぞれネガティブな反応を見せます。特に里志の反応が大げさですが、これは45年前の事を調べていたが故、学生運動という熱気が一人の青年の叫びを押しつぶしてしまった事に思い至ったからでしょう。里志は壁新聞部のバックナンバーを調べていましたが、解決編での反応を見るに、壁新聞には格技場の火事の件は掲載されていなかったと思われます。そして不気味なことに『50年のあゆみ』にも火事のことは掲載されていません。冬に倉庫が雪の重みで損壊したことは書かれていたのにです。

闘争関係にあった教師・生徒の双方から生贄としてつるし上げられ、退学になった関谷純。やがて生徒は彼を英雄として祭り上げ、教師は公式な歴史記述から事件を消しにかかります。

里志は千反田邸で「団結と祝砲」を紛い物臭いと表しますが、まさにその通りでした。火事を起こすような大騒ぎをしておいて、非暴力不服従もないものです。

誰も真実を口にしてはいけないという無言の空気こそが関谷純の叫びを押しつぶしたものだったのかも知れません。糸魚川先生はしらばっくれていましたが、あの表紙の文集の前書きを書いておいてタイトルの意味を知らないも無いでしょう。古典部は彼の叫びを文字にせず、ただ、「カンヤ祭」を禁句にすることで欺瞞に対する無言の抵抗を続けていたことになります。

後年、かわいがっていた姪から文集(おそらく「氷菓」第一号…と、思ったら二号でした)を見せられた関谷純は、自分の叫び声のただひとつの証拠を見て何を思ったでしょうか。

解放と自己承認

氷菓事件において、千反田さんが求めたのは『解放』でした。昔叔父に言われた言葉を思い出させて欲しい。自分は何故泣いたのか思い出させて欲しい。そこには単純な願望だけではなく、思い出さなければいつまでも止まることのできない彼女故の辛さがあったはずです。

司書室で「氷菓」という題名の真実が明らかになったとき、里志と摩耶花はいずれもネガティブな反応を示します。しかし、千反田さんだけは涙を流しながら微笑みました。自分に優しかった叔父の辛い青春が明らかになって微笑むというのは一見おかしな事です。しかし、叔父の謎の解明に膨大なエネルギーを注いだ彼女のことです。自分が大泣きしたということから悲しいことがあったと言うことには気づいていたはずです(原作では割とはっきりその点を奉太郎と確認しあっている)。その予想を抱きながらずっと叔父の事を考えていた彼女にとって、悲しみよりも謎からの解放の方が、かわいそうと思うよりもようやく弔うことができるという気持ちが心を揺さぶったとしても、冷たいとは言えません。このシーンの彼女の微笑みは郡山養子さんが書いた「いつの日か、現在の私たちも、未来の誰かの古典になるのだろう」という言葉と重なります。

一方、半ば嫌々、半ば気まぐれ、しかも条件付で依頼を引き受けた奉太郎にとって、氷菓事件は自己承認のためのプロセスになりました。以前も書きましたが、高校進学当時の奉太郎は以下のような問題を抱えていました。

  1. 「千反田える」という少女が側にいるということに対する態度の保留。
  2. 部活の殿堂神山高校が揺さぶる奉太郎の省エネ主義
  3. 他者と自分の違いに対する疑問

1. については3話の冒頭で千反田さんの依頼を受ける事により、「是」という決着を付けます。そして氷菓事件の解決は、奉太郎に「薔薇色必ずしも幸福にあらず」という一つの例を提示し、居心地の悪かった日々の後にようやく安寧を取り戻すことになりました。特に友達から離れて、一人で史料を向き合い、「関谷純の青春は何だったのか」と思いを巡らすことは、彼にとって重要な時間だったはずです。

謎解きの「情」の面

奉太郎は、当初45年前の事件を与えられた史料に対するテキスト・クリティークによって再構築します。これは技術的には正しい謎解きでしたが、結局の所不十分でした。そして姉の言葉をヒントに「関谷純に何が起きたか」を考えます。

米澤穂信の作品を読んだ後、何冊か古典的な推理小説を読みましたが、巻末の解説で何度かふれらられる事に「謎解き中心から、人物中心」へと移行した推理小説の歴史があります。要するに、トリックで読ませる際物小説から、人間を描く小説へのシフトが過去にあったというのです。

今回の奉太郎の二回のアプローチは、その歴史をなぞっているとも言えますし、また、謎解きと並列して必ず軸となるストーリーを持つ米澤ミステリの出発点的な作品として、象徴的だとも言えます。

古典

おじさん世代にとって “I Scream”と来れば、”You Scream, 好きさ♪”という、郁恵ちゃんの歌で決まりです。

しかしながら、Ice creamとI screamをかけるのは英語ではよく知られた言葉遊びです。調べてみると1927年に”I scream, You scream, We all scream for Ice cream”という曲がヒットしていますから、少なくとも80年以上前には、この言葉遊びは知られていたことになります。

奉太郎言うところの「くだらない駄洒落」も、古典だったんですね。

次回は小休止

さて、今回で原作「氷菓」に相当する”The niece of time”編は終了です。次回は原作「遠回りする雛」から短編「大罪を犯す」ですね。軽い話なので、千反田さんに振り回される奉太郎が今から楽しみです。

「時の娘」読んでニヤニヤ

ジョセフィン・テイの「時の娘」を読んでいます。

同書の原題は”The Daughter of Time”。ころころ変わる「氷菓」の英題の最新版”The niece of time”のもじり元とされています。千反田さんが関谷純の姪であることから、「娘」を「姪」に置き換えたもじりですが、読んでみるとそれ以上にあれこれあって面白いです。

なんといってもこの小説がテキスト・クリティークであることが面白いですね。主人公の警視は犯人追跡中に骨折して入院中ですが、無聊を慰めるために、ふと眼に付いた肖像画からリチャード3世について調べ始めます。そして、非常に評判の悪いこの歴史上の人物について、巷間言われていることが嘘で塗り固められていることに気がつきます。

各種の史料についてその妥当性を検討しながら批判を繰り広げ、過去にあった真実に迫るというこの筋書きは、奉太郎達がテキスト・クリティークによって45年前の関谷純に起きたことに迫ろうとする姿と重なります。なるほどね。単純に娘→姪のもじりじゃなく、もじるべき作品をもじっているわけです。

ちなみに、アニメ「氷菓」のOPの冒頭で、退屈そうな奉太郎が教科書から飛び出した「薔薇」という文字に驚くシーンがあります。薔薇色の高校生活に揺れる彼の心象風景ですが、初見の時から「薔薇」が飛び出すテキストが「薔薇戦争」であることに、スタッフはよくそんな言葉を覚えていたなと、感心していました。

で、「時の娘」ですが、リチャード3世は薔薇戦争の当事者なんですよね。なるほどって感じでひとつ謎が解けました。

最後になりましたが、「時の娘」、読ませます。面白い本です。お奨め。

「氷菓」 第4話 栄光ある古典部の昔日

謎解きの表現としてはちょっとどうだろう、と思わせる4話でした。

前回見つかった文集「氷菓」のバックナンバーは創刊号だけが欠けていました。当初里志や摩耶花にプライバシーを話すことを渋っていた千反田さんでしたが、奉太郎に叔父である関谷純か、プライバシーを守るかの二択だと言われて二人に話すことにします。結局、関谷純に起きたことの調査は、文集「氷菓」最新号に掲載されることとなり、古典部全体で共有される事となりました。休日、千反田邸に集まった面々はそれぞれが資料を持ち寄り、互いに仮説を披露、批評し合った後、奉太郎がそれらを総合して一つの結論を出します。

史料の正当性を調べることを「史料批判(テキスト・クリティーク)」と呼ぶそうです。今回4人が行ったのがまさにそれでした。持ち寄った史料の個々の部分をどう解釈するか、信用に値するか検討を行った結果として、奉太郎が出した結論が、「45年前の6月に学生達と先生の間で文化祭の開催に関して激しい対立があり、結果的に運動を率いた関谷純が10月に退学となった」というものです。

この検討と相互批評の過程は原作でもやや複雑な部分でした。一つの部屋で4人がひたすら史料の検討をするという場面で、さすがにそのままアニメにするには退屈すぎたようです。京アニは頻繁に部屋を換え、食事などをはさむことで退屈な画面をなんとかしようとしましたが、結果的に検討場面の緊迫感と、視聴者が自分で検討する余地は失われました。仕方ないところですね。元々京アニはこの作品を推理作品とはせず、青春のトゲの部分に光を当てたかったようです。

4人が満足する結論に達した後、検討会は解散となりました。が、千反田さんは「だったら、どうしてわたしは泣いたのでしょう」と呟きます。

これは奉太郎の失策です。

4人全員が45年前の事実の解明に興奮していたとはいえ、千反田さんと差し向かいに直接依頼を受けた奉太郎です。依頼内容を忘れる等ということが許されるはずもありません。

「叔父がわたしに何を言ったのか、思い出させてほしい」

というのが、千反田さんの依頼内容でした。関谷純の身に起こった事件の解明は、その依頼解決への鍵でしかなかったはずです。条件付で、それも嫌々だったとはいえ、探偵役を引き受けた以上は依頼内容を忘れてはいけません。

知り得た知識と状況を組み合わせて、謎をロジカルに解き明かすことができる一方で、どうやら自分の心は他人ほど感情豊かじゃないようだと気づいている奉太郎。抜群の記憶力と知識を持ちながら、豊かな「情」が生み出す好奇心を自分で満たすことのできない千反田さん。

千反田さんが奉太郎に期待したのは、その謎に対するアプローチと運の良さによって彼女の過去の記憶を呼び覚ましてくれることでした。それは千反田さんに足りないところを奉太郎が補うと言うことでもあります。わたしはこの二人の関係はもう少しあると思っているのですが、それが出てくるのはもう少し先の話です。

何にせよ、千反田さんが依頼したのは彼女にできない方法で彼女を謎の答えまで連れて行ってくれることでした。しかし、そのために奉太郎の技術が必要であったとはいえ、謎の根源は大泣きするほど彼女の心を揺さぶった叔父の言葉でした。言葉を換えれば彼女の「情」の部分に関連する事です。そして、「情」こそが、奉太郎が最近自分について「他の奴らと何が違うのだろう」と、うっすら疑問を感じているところです。

探偵役として失格であることにかわりはありませんが、奉太郎が本来の依頼内容を失念していたのは当然かも知れません。

解決は、次週にずれ込みます。

はぢがーる 2巻

ようやく2巻発売。月一連載なのでペースが遅いですね。じれます。

2巻もあざとい!表紙でもじっと顔を赤らめる紗江ちゃんはいいとして、裏表紙は今回も黒ストッキングのおみ足でした。なんだかなぁw。

さて、肝心の中身ですが、ストーリーは相変わらずあってないような物ですw。もともと話のオチは最初から見えているような物ですから、読む側としては緊張感がないのは致し方ありません。もっとも、ラブコメってそんな物ですが。一方、そんな読者を余所に、紗江ちゃんは本人だけが気づいてない恋の井戸へ真っ逆さまに落下中です。

1巻から進展があったと言えるのは、彼女がはっきりと本田君を意識し始めたことですね。「本田君じゃないと嫌だ」「わたしを選んでくれないと嫌だ」という強い気持ちがわき起こっています。作者としてはここで紗江ちゃんにぼけさせて「これは恋じゃないのよ」としたいところのようですが、むしろ恋を意識させた方が面白くなりますよ。恋も音楽もネタにするなら悩まないと面白いストーリーになりません。

早くも最終回が近いようなフラグが立ち始めたのでちょっと心配な2巻でした。

「氷菓」 第3話 事情ある古典部の末裔

尺の短さで苦労していますね。今回はOPがありませんでした。

「告白と言えばそうかも知れません」

で始まった千反田さんの話は、彼女の個人的な想い出に関する調査の依頼でした。やや逡巡するものの、奉太郎は結局依頼を受けることにしました。そして中間試験開け、在イスタンブール日本領事館から送られてきた姉の国際郵便には、懸案だった古典部分集のバックナンバー保管場所が記されていました。早速その保管場所とおぼしきところを訪れた奉太郎は、機転を利かせて無事バックナンバーを入手。古典部バックナンバー「氷菓」は、千反田さんの想い出と直接関わる鍵でもありました。

表現の多彩さが楽しめた回でした。「告白」と言われてどぎまぎする奉太郎の横で時を刻む時計の振り子がハートの形をしています。おまけに一瞬時間が静止する感覚まで描写されている念の入れ具合です。なんという心象風景。そりゃドキドキしますよね!告白だったら受けたかな、ってのは興味深い所です。彼も無関心ではないはずですが。

保留状態の終わり

原作ではここで依頼を受ける事を奉太郎自身が苦笑する記述があります。わたしのお気に入りのエピソードでもあるのですが、アニメでは逆に千反田さんを奉太郎にとって理解しがたい人物と強調する描き方がされていました。これはこのアニメ番組の興味深い所です。前回でも、奉太郎は愛無き愛読書事件の解決でわいわい盛り上がる3人を見ながら、こういう事に動かない自分の心を疑問を持って見つめています。「何が違う」と。原作ではこの頃奉太郎が彼らをどう思っているか、ぼかして書いてあってその分想像がふくらむ所ではありますが、アニメでは奉太郎が他者と自分の違いを見つめる方向で描いているようです。

喫茶店の一連の会話の後、奉太郎の脳裏に浮かぶのは千反田さんがその有り余る好奇心で一心に穴を掘り続けている姿です。何を期待してそんなに穴を掘るのか、何が出てくるのと思っているのか、何が面白いのか、省エネの奉太郎には全く理解出来ません。しかし、理解出来なくても、奉太郎は千反田さんの依頼を彼なりに受ける事にします。

これは古典部入部当時から抱えていた彼の問題の一つに対する決着です。奉太郎は以下の3つの問題を抱えていました。

  1. 「千反田える」という少女が側にいるということに対する態度の保留。
  2. 部活の殿堂神山高校が揺さぶる奉太郎の省エネ主義
  3. 他者と自分の違いに対する疑問

2と3は根っこの部分で同じものですが、原作では3はさらりと触れられただけです。一方、アニメでは2より3が強調されているようです。この辺りはまだ見守っていきたいところ。さて、今回奉太郎は1.に決着を付けました。秘密倶楽部事件で保留とした「千反田さんがいる毎日」に対して、奉太郎は是という結論を出しました。好奇心に満ちあふれ、そのエネルギーで奉太郎を振り回す千反田さんを遠ざけることをせず、同じ部活の仲間として振り回されるのも仕方なし、という結論です。その結論を出すまでの過程に「秘密倶楽部の勧誘メモ事件」での負い目を絡めてきたのはうまかったですね。

推理場面の表現

今回、奉太郎が摩耶花へ行った推理の種明かしの表現が面白かったです。

推理については、原作では単なるテキストです。京都アニメーションがこの過程をどう映像化するのか、放送開始前から注目していました。何しろ、込み入った話が多いので下手をすると誰も付いて来ることができません。「音楽室の幽霊事件」「秘密クラブの勧誘メモ事件」は比較的単純な話ですので、話に合わせて人物を動かすだけで理解出来ました。

状況が少しだけ複雑な「密室の少女事件」では千反田さんと奉太郎の入室状態の齟齬を文字に絡めたアニメーションで表現していました。印象に残りやすいうまい演出です。

話しがややこしかったのは「愛無き愛読書事件」です。これはオチこそ簡単なのですが、そこへたどり着くまで奉太郎が仮説を組み立てて検証する過程が、会話だけでは理解できないちょっと込み入ったエピソードでした。そこでアニメでは、問題解決の前に一つ一つ列挙される仮説を説明するために、古風に仕立てたアニメーションを使って、奉太郎の考えを図示しています。これらのビジュアルな説明によって、オチのシンプルさが引き立ちました。

一方、今回は推理過程は事象とリアルタイム進行でした。奉太郎は少し考えた後に遠垣内先輩にかまをかけ、見事に文集を手に入れます。あっけにとられた摩耶花と千反田さんでしたが、説明を要求する摩耶花に対して奉太郎が行う説明のアニメが面白かったです。この説明は要するに事件の事後検証です。場面場面は静止画として呼び出され、それぞれがポップな絵柄に処理されています。そしてその絵の中で検証者である奉太郎と摩耶花だけが正しい色で自由に動き回ることができるというものでした。これは二人が過去の場面を検証している事を効果的に表現しており、楽しみながら見ることができました。

キャストについて

ところで、キャストですが、毎回ひとりかふたり関係ない人の名前が挙がっていますね。第1話は特別だろうと思っていたのですが、登場場面が不明の女子二人(多分教室に居た二人)に名前が付いていたのが不思議でした。ダンス部の生徒も声優の名前が紹介されていましたが、これはオープニングシーンに出てきた人でしょう。

第2話では野球部部長のキャストがEDに出てきましたが、これは多分ランニング風景のものです。

で、第3話。剣道部主将って。出てましたか?出てない気がするのです。試験のあとで妙な練習をしている演劇部らしき一団がいて、わずかにその声を聞き取れるのですが、あれが剣道部かというとちょっと不思議です。

声を聞き取れると言えば、この番組、映画並みとは言いませんが声のダイナミックレンジも心象表現に使われているため、時々聞き取りに苦労することもあります。いえ、欠点じゃなくてこれは作品の質が高いってことですけどね。

遊び心あふれるシリーズ

筋を追っていくだけでも楽しんでいますが、画面の端々を子細に観察すると、ざくざくとおもしろそうなことが飛び出してきます。早く次の回を見たいですね。