米澤穂信の女性達

わたしの読書歴ですが、米澤穂信に関しては文庫化されている作品 + 雑誌で読んだ作品数本程度のカバー率しかありません。ベルーフ・シリーズはまったく読んでいませんし、評判の『折れた竜骨』も未読。短編だと『茄子のよう』を読み損ねたのが惜しまれます。古本で取り寄せたので『連邦は晴れているか』を読むことが出来たのが救いでしょうか。

そう言う状況でこんな大上段に振りかぶったタイトルを付けるのもどうかと思いますが、暑い夜の紛らわしくらいに読んでいただければ幸です。

米澤作品で目を引く女性といえば、真っ先にあげたいのが「お嬢様」です。彼の描くお嬢様はテレビなどでテンプレ的に扱われるお金持ちのご令嬢とはやや趣を異にしています。それが特徴的に現れているのが『儚い羊たちの祝宴』に登場する女性達で、いずれも

  • 品が良く
  • 礼儀と教養を身につけている

点で共通しています。生まれが貧しく教養が身につけられなくても品を失わない点が特徴でしょうか。この方向の女性を、言葉は悪いですが徹底的に磨き上げた女性達が米澤作品における一つの類型と言えると思います。

底知れぬ女性達

品が良く、教養があって、美しい所作を身につけた女性達。『インシテミル』の須和名祥子、『山荘秘聞』の屋島守子、『満願』の鵜川妙子。あるいは『愚者のエンドロール』の入須冬美をここに加えてもいいかもしれません。

彼女らは、いずれも近づきがたいほどの完全性を携えて紙面に現れます。『インシテミル』の主人公は須和名祥子の完璧さを評して女神とまで呼びます。屋島守子は忍耐強く、正確な仕事で雇い主から「誇り」と呼ばれます。鵜川妙子はあまりの出来の良さに夫が息苦しさを感じたほどでした。

そして須和名祥子と屋島守子はストーリーが絶望の中に沈んでいくのとあゆみを同じくして、ゆっくりとその姿を変えていきます。その様子は一種独特です。化けの皮が剥がれるとか、メッキが剥がれるといった風ではありません。彼女たちが高い教育と厳しいしつけから身につけた礼儀や作法は決して偽物ではありません。すべて本物です。しかし本物であるからこそ、彼女たちが「ああ、この人にここまでする必要は無いのだ」と考えたときにに現れる金属のような肌とのコントラストが際立つのです。彼女たちの礼儀作法は完璧でありながら繊細にして薄く、いつ、その美しい衣を脱いだのかわからないほどなめらかに印象が変化していきます。これは非常に印象的です。

「ミステリー小説に現れるミステリアスな女性」と言うと、男を惑わす妖艶な女性を思い浮かべますが、米澤穂信が考えるミステリアスな女性は、むしろ近づきがたい程の完成された礼儀作法をもつ女性のようです。

快活な女性達

一方で、三人ほど、その快活さで印象深い女性達がいます。

一人は言うまでもなく『氷菓』の折木供恵です。彼女は大学生ながら世界を股にかけて歩き、女だてらに格闘技の段持ち。そのバイタリティーと頭の回転には限界が無いようです。

二人目は『ボトルネック』のサキで、やはり快活さが目立つ女性です。そしてもうひとり、『犬はどこだ』の川村梓をあげてもいいでしょう。

このうち、梓はあまり主人公に影響を与えていません。そこで最初の二人に注目すると面白いことに気づきます。彼女たちは二人とも主人公の『姉』であり、自信満々で、いずれも弟の生気を搾り取ってるのではないかと思うくらい、元気です。これは偶然でしょうか。あるいは単に米澤穂信が供恵を気に入ってもう一度使ったのでしょうか。『ボトルネック』は学生時代から暖めていた作品と言うことなので、若い頃の彼は「供恵- 奉太郎」あるいは「サキ – リョウ」的な関係について強いこだわりがあったのかも知れません。

『正体見たり』の千反田さんが言う「きょうだいが欲しかったんです。尊敬できる姉か、可愛い弟が」という言葉も、こういう視点か見直してみると面白そうです。

女性像

米澤作品に特徴的な女性達を列挙してみましたが、彼女たちを含めて彼の作品に現れる女性達は Stand Alone だなぁと感じます。男無しでも立っていられるどころか、下手をすれば親兄弟まで切り捨てかねない強く、たくましく、賢く、そして必要に応じてそれらを隠せる品を備えた女達。そうそう、こういうくくりなら『春期限定いちごタルト事件』の小佐内さんを忘れてはいけません。なんだか書いていて怖くなってきます。

そして明らかに千反田えるは須和名祥子の系譜に連なっています。というか、彼女こそが米澤穂信が自作のヒロインとして世に問うた最初の女性であり、おそらくは若い頃の彼の理想の女性像に近いところに作り上げられています。完璧なお嬢様として躾られた彼女は、同時に内側の強さを見せつけるかのように、奉太郎に向かって自分が描いた未来のビジョンを話して聞かせています。

でも、彼女はそれだけではないんですよね。彼女だけが、一人では生きていけない弱さを感じさせます。いえ、それは弱さではないはずですが、誰かが手をさしのべて横を歩いて行かないといけないように思えます。

古典部シリーズがどの方向に進むのか予断を許しませんが、奉太郎が千反田さんの横に立って歩きたいと考えるのならば、助言できる事は、『インシテミル』『山荘秘聞』『満願』を読んでおけ、と言ったところでしょうか。

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About みとっち
とらドラ!と古典部のSSを書いています。

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