やはり俺の青春ラブコメは間違っている。

今期深夜アニメ 「やはり俺の青春ラブコメは間違っている。」、OP曲やED曲&イラストがとても気に入っています。ストーリーの方は薄味だなと思ったのですが、ネットでの評価の高さにつられて試しに買ってみました。いやはや。見事に釣られたって感じです。

主人公の比丘谷八幡は高校二年生。スクールカースト最下層にいる彼は、あまりの孤立のおかげでいじめすら受けず、教室の中で誰にも注目されずに生きています。青春を謳歌する級友達をひねくれきった目で睥睨する彼を、国語教師の平塚先生は更正の要ありとして非公認部活動である「奉仕部」に放り込みます。そこは同じく冷め切った目で級友達を見つめる超絶美少女、雪ノ下雪乃ひとりのために作られた部でした。

八幡も雪乃も同じようにクラスで孤立し、そしてクラスに融和する必要なしと断じています。そのスタンスこそ一緒ですが、二人は正反対でした。「人は自ら望んでよりよい人物になるよう努力しなければならないし、そうしてこそ意味がある」と考える雪乃は、自分にも他人にもその大正義に従うことを求めます。そしてそれに応じない人には価値を認めません。一方で「よりよい人間になることで世界が変わるなど幻想であり欺瞞である。従って、今の自分を無理に変える必要はない。むしろ今の自分を認めるべき」と考える八幡は、自分にも他人にも変革を求めません。

当然初対面から対立した二人ですが、主義主張を取り払ってしまえば、そこはやはり孤立し、しかもその孤立をよしとする気高い二人です。暗に認め合って、なれ合うことなく何となく一緒の放課後を過ごしていきます。やがて、奉仕部の最初の依頼人である由比ヶ浜由衣の参加を経て、八幡の日常は思いの外賑やかになっていきます。

と、書くとラブコメなのですが。

一巻の少々とぼけたラノベ風味はどこへやら、だんだんと物語は深みを増して、次第にラノベの皮を被った恋愛小説の様相を示し始めています。電子書籍で読める最新刊は6巻ですが、これがもう、今までの設定やキャラクターの言動がフルに活かされたとても面白い読み物になっています。

雪乃が噛ませ犬で八幡が勝者という偽装

全体を貫くストーリーがいくつかある本作ですが、部活という視点で言えば、奉仕部に持ち込まれる相談と、その解決方法というのはやはり柱となる部分です。

そのストーリーを追ったときに誰でも気がつくのが、「雪乃が提案した方法ではなく、常に八幡が提案した方法が解策となる」点でしょう。それは主人公補正ともとれますし、ワンパターン化ととる人もいるでしょう、あるいは雪乃の「人は自ら努力して自分を高めるべき」という大正義に対するアンチテーゼととらえる(とらえたい)人もいることでしょう。

しかしながら、6巻まで読んだとき、作者は違うところに落としてきたなと感じました。

雪乃と八幡は似ています。それは1巻で八幡がかすかに感じた点でもあり、たぶん平塚先生が感じたであろう点でもあります。この二人は孤独でありながらその孤独の中で孤高をうそぶく強さを持っています。ですが、それ以上に似ているのが、決定的に社会性を育てる機会を失っていると言う点です。

雪乃は子供の頃からその美しさのせいで疎外され、海外から帰国した際には異物として疎外されました。その悪意に対して、おそらくは真っ正面から向かったことから孤立が続いたようです。

八幡が孤立した理由ははっきりません。ただ、彼の回想を信じるなら、ほんのわずかな不器用さから来る失敗が残酷な子供のコミュニティの中で増幅されていったようです。失敗は孤立を招き、孤立は人付き合いの方法を育成しません。そしてそれはまた失敗を招きます。悪いスパイラルです。やがて彼は世界に何も期待せず、自分に変革を強いない人間になりました。

同じようにコミュニケーション方法を育てる機会を持てなかった二人は、哀れなほど、人間の幅が狭くなってしまっています。それは、問題解決に際して、自分が切ることのできるカードの持ち合わせがわずかしかないと言うことです。雪乃にとってそれは「自己変革、向上心」であり、八幡にとってそれは「現状肯定、自己肯定」です。それらが必勝戦略なのではなく、それらしかやり方を知らないのです。

持ち込まれる問題に対して、雪乃は常に「正しい」方法でアプローチし、依頼者が自助努力によって解決を図るよう仕向けます。そのやり方しか知らないからです。八幡は常に「正しくなくてもいい」方法でアプローチし、それは多くの場合依頼者の自己肯定、現状肯定に基づいています。八幡の案が解決策になるのは、ストーリー上は偶然で片付けてもいい事です。重要なのは、二人ともそれぞれの方法しか知らないという点で、同列にあるという点です。

悲しき触媒

しかしながら、それでも八幡は周囲を変えていきます。

八幡に「上手に料理できなくてもいい」と言われた由衣は、やがて奉仕部に居着き、彼女の当初の目的を果たすだけではなく、周りにあわせていただけの自分から、一歩踏み込んで自分の心の内をちゃんとぶつけることができる少女になりました。

足かけ3巻に渡って低調が続いていた雪乃は、どん底において八幡に「お前のやり方じゃない」と、失敗の原因を指摘されます。おそらくは姉を意識して背伸びしすぎていた雪乃は、結果的に八幡の言うとおりの「いつもの自分の流儀」を押し通すことで、文化祭実行委員を成功させ、自己実現を成し遂げます。

多くの人の問題を取り去ってきた八幡ですが、彼の悲劇は、彼自身がその「ぼっち」という立場から抜け出せないことでした。まるで触媒のように他者を変えるだけで自分が変わらない八幡。彼自身はそれでいいと言っていますが、そんなはずがありません、そしていっそう悲劇的なのは、すでに書いたように、彼はぼっちである以外の自分のあり方を知らないのです。進路希望に「主夫」、職場見学に「自宅」と書く彼の奇行はネタとして盛大に使われていますが、孤立以外のあり方を学べなかった彼に、他の何を書けたでしょうか。

6巻の最後、平塚先生との対話シーンが印象的です。彼女が望んだのはこんな結果ではありませんでした。奉仕部が成果を上げて部員のすべてが成長することこそが、彼女が望んだものの筈です。しかし、最も予想外の活躍をした生徒が、孤立という立ち位置から一歩も動けなかったことは、彼女の心を酷く痛めたはずです。それは自己犠牲ではありますが、もっと言えば、八幡には孤立という自己犠牲以外のカードがありませんでした。

先が楽しみ

八幡にも変化がないわけではありません。

教室内での孤立という立場こそ変わりませんが、彼は由衣との関係を大事に思っており、雪乃に対する強いあこがれと、仲間としての意識を確立しています。

電子化されていない7巻では何らかの進展があったようで、続きがとても楽しみです。

 

ヤマト

やっぱり書いておこう。

今週、一番評価したい点は、出発の別れのシーンです。突然、行き先は他の銀河にある未知の星と告げられたクルー。しかも人類史上初めて使うエンジンでの試験なしぶっつけ本番航海。それを知った上での別れのシーンが短くも描かれています。

孫を見ながら任務全うを誓う徳川機関長、唯一の家族である猫との別れを嘆く佐渡先生。お守りを渡すシーンに、言外に父の死が描かれる島。そして、生活感がない部屋から荷物をまとめて出て行く古代。ヤマトの一作目では太陽系を去る際のお祭りに隊員達の家族とのエピソードが挿入されましたが、それを思い起こさせるような、短いながらもよいシーンでした。

2013春アニメ

すでにちょこっと書いていますが、今季は多すぎて。いや、いい年なんだから見るなって話か。以下、好感触のものだけ。

働く魔王様

設定の勝利ですね。テンポのいいコメディに終始笑っていました。出オチでないことを祈るのみ。

やはり俺の青春ラブコメは間違っている

なんというか、評価の難しい作品。手堅いお笑いでまとめており、作画も丁寧です。由比ヶ浜さんの秘めた想いらしきものも話に味わいを添えています。ヒロイン二人がお気に入りの声優さんと言うところもわたしには好印象。

ただ、何というか上品で味の淡いお吸い物みたいに感じるのはなぜでしょう。たぶん本当の痛み、願い、悲しみ、喜びみたいなものをまだ掘り下げていないからだと思います。逆に言えば、掘り下げるんではないかなと期待。

ところで、OP曲、エンディング・イラストは今期一番好きですね。OP曲はあざとさを感じさせないさわやかな歌詞が好印象。

ヤマト

先週も書きましたが、何というか、わたしは複雑な気分で見ています。今週も「登場人物の目に力がないんだよなぁ」とか。デモまぁ、楽しみなんですよ。ほんとに。

翠星のガルガンティア

あのコンピュータがいつ説教を始めるのか、気が気でなりませんでした。改めて『サイコパス』の日高さんによるドミネーターはすばらしかったと認識を新たに。

這い寄れ!ニャル子さん W

OP曲の中毒性の高さと、ED曲の何とも言えないピュアな様子は前作を踏襲。OP曲は聞き込むと、謳い回しや合いの手の入れ方の絶妙さにほれぼれします。

悪の華

むしろこれは映画でしょう。時間が進むにつれて雑念が減っていって引きずり込まれていきました。この先に期待です。

RDG 甲斐バンドと節穴

そういえばPixvで噴いたネタですが。泉水子、前髪ちょっと切っただけであれだけ騒ぎになってるんだから、坊主頭にしたら空は砕け大地は割れ、海は枯れ果てて月が砕け散るなどといった甲斐バンド現象が起きるのではないでしょうか。古い。

あと、アレ見てさえてないとか、深行の目は節穴だ。

ハリウッド特撮映画の轍を踏むかヤマトよ

今期おっさん向け枠『宇宙戦艦ヤマト2011』を見ました。

HD画質に大量のCGを多用した今風のアニメでした。古典的作品のリメイクと言うことで、「戦闘中なのに宇宙服非着用」「重力コントロールできるのにエンジンがジェットを噴いている」「真空中で音が聞こえる」「真空中なのにコントラストが弱い」といった点を引きずっていますが、そこはまぁクラッシックな作品のテイストといえなくもありません。

それより気になったのは、スタッフの物理的な知識の欠如です。これはハリウッドの特撮映画が一時期抱えていた問題なのですが、映像ばっかりリアルになったのはいいものの、それを動かすと加速とか慣性といった感覚がスタッフに皆無なため、重量感のないおもちゃみたいな動きをするのです。ハリウッド大作で言えば『アルマゲドン』『アポロ13』あたりがひどいです。

ヤマトも同じ問題を抱えていて、いちいち興ざめしていました。慣性制御が完成していて全く重量感を感じさせない動きができるのなら、0秒回頭させればいいのですが、それをごり押しするのは「かっこよさ」が許さないというところでしょうか。であれば、鋼鉄の要塞なりの重量感を見せてほしいものです。

あと、エンディングでヤマトが軌道を変更するシーン、内側に傾いていましたがそれは単車の動きです。船は回頭する際外側に傾きます。