米澤穂信『長い休日』

野性時代2013年11月号に掲載された米澤穂信『長い休日』を読みました。古典部シリーズ最新作です。明言はされていませんが、2年生の初夏から夏にかけて。おそらくは昨年夏に発表された『鏡には映らない』の後の話でしょう。前の話と直接的な関係はありません。

ある日曜日の朝、奉太郎は違和感に気付きます。今日はなんだか変だ、と。いつもより早起きをしてしまった。何となく気力に満ちている。朝食に一手間余計にかけ、しかも姉の供恵の分まで作ってしまった。部屋の掃除にエネルギーを使い、おまけにまだエネルギーが残っているので散歩までしてしまう。そんな奉太郎は変に決まっています。彼は散歩の先で千反田さんと偶然出会い、問われて、なぜ自分がいつものモットーを掲げるようになったのか話し始めます。

内容は安定の古典部。とりとめも無い思い出話話に、一滴の毒。聞かせれば不愉快に思わせると知りつつ、千反田さんに「聞いてほしい」と思う奉太郎の気持ちが鮮やかです。

長い休日、とは供恵が奉太郎に言った言葉でした。つけこまれるのは嫌だから、もう自分は余計なことを何もしない。そういった奉太郎に姉はこう言います。「あんたは長い休日に入るのね」。そしていつかはその休日が終わるだろう、誰かがそれを終わらせるだろうとも言います。

この部分は、実によく書かれています。読み終わってみれば、この部分はこれまでの供恵の行動とがっちり絡みついていることに気がつきます。彼女が奉太郎に与えた揺さぶりは、扉を開けるきっかけを与えようとしているようです。奉太郎が自分に語った内容を覚えていたわけです。

奉太郎の長い休日を明けさせる人は、ファンにとってはもう千反田さんしか居ないわけですが、休日を終わらせる運命の女性というイメージは、『愚者のエンドロール』に現れた『力』のタロットカードのイメージそのものとも言えます。そしてやはり、思わざるを得ないわけです。この話は『長い休日』に入った思い出話だけではなさそうです。長い休日が明けていく話ですよね。

なんとなく、かつて米澤穂信が野性時代2008年7月号で語った「ホータローが何かを自覚したとき、このシリーズも完結するのかも」という言葉を思い出した一編でした。

追記 2013/Oct/14

米澤穂信がどこまで折木奉太郎と供恵のバックグラウンドを考えてこれまでの小説を書いたのか、我々には知るよしもありません。ただ、これまでの作品からすると、過去の作品での彼らの言動との整合性は当然考えた上での今回の作品の筈です。

であれば、これまで曖昧だった点の解釈が、この作品の登場によって変ることも考えられます。

私は以前、「『氷菓』には意図的に謎のまま放置されている点が多い」と書きました。これは古典部シリーズ全体に言えることです。その中で、私が一番不明瞭だと思っているのは、『愚者のエンドロール』の最後のチャットシーンです。すでにいろいろな考察が作品登場時から為されています。私も自分自身の意見を持っていて、それは多数派と少し違うようです。が、この解釈に修正が必要なのかもしれないと思い始めています。

私は、「供恵の女帝に対する指摘が正しいとは限らない」という立場です。いや、むしろはっきり懐疑的でした。供恵がチャットで行った指摘は、奉太郎が喫茶店で行ったものと本質的に同じであり、同じ程度に根拠が希薄です。しかしながら、今回明かされたエピソードと重ねて考えれば、供恵のあの指摘がロジカルなものではなく、押さえつけられた幾分の感情を含んでいたと考えることもできます。

供恵にしてみれば、休日状態に入っている奉太郎に対して折に触れ刺激を与えていたわけですが、結局入須冬美は「奉太郎の気持ちにつけこんで」探偵役ではなく脚本家をやらせたことになります。弟が精神的な停滞状態すれすれに迷い込む理由となった出来事を、知らぬ事とは言え後輩がなぞった訳です。供恵が入須冬美に放った言葉に毒が含まれていても不思議はありません。

相変わらず妄想の域を抜けませんが、古典部シリーズはあれこれ考えることができて楽しいですね。

さらに追記 2014/Jan/14

前回の追記ですが、これはこれで最初のチャットの会話の「踊ってくれそうな奴なら」という言葉と整合しませんね。供恵の言動の後ろにある気持ちを計るのは難しいです。

恋愛ラボ:最終回

アニメ『恋愛ラボ』が終わりました。今期一番楽しんだ作品の一つです。この作品についてはきちんと書いておきたいのですが、はて困りました。なかなか難しいです。だって、この作品には、語るべき一本の筋が無いように思えます。

私のブログを読んでいる方はお気づきかもしれませんが、一本の筋が通った作品が好きです。それは大抵ストーリーであり、テーマです。口を開けてあははと笑うだけの作品も好きですが、特に好きになるのは作者が込めた筋がしっかりしている作品です。今期だと『有頂天家族』、前期だと『すい星のガルガンティア』、もう少し前だと『絶園のテンペスト』、だいぶさかのぼって『C』、『世紀末オカルト学院』などが特に好きです。

さて、恋愛ラボですが、これが難しい。単にあははと笑うだけでよい番組のような気もするのですが、あっちこっち心の中に引っかかっているのです。それが、緻密に編み上げられたストーリーと言ったものでは無いのははっきりしているのですが強いて言えば、この作品の構造自体が心を動かしたのかもしれません。

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