最終回

3月ももう終わりです。いろいろな番組が最終回を迎えました。

ブログでは触れませんでしたが、『ちはやふる』楽しかったなぁ。

あの夏で待ってる

予想通りと言えば予想通りの終わり方ではありました。結局先輩の記憶の場所にはたどり着いたものの、二人は再会を誓いつつ結局離ればなれに。

イチカに被らせたシールドが、実はウエディング・ベールを暗示していたりして、細かいところで憎いです。

檸檬が撮りためていたフィルムを4人に渡すのは、想像通りでした。ただ、このフィルムを渡す前後の、日常に戻った4人の描写がよかったですね。あれほどさわやかに映画に誘ったくせに、煮え切らない哲朗もいいですが、その煮え切らない態度を前にして全く動じず、「ウェルカムですよ」と待つ女をにっこりアピールする美桜。そして、互いの気持ちをさらけ出してなお、仲のいい幼なじみであり続ける柑菜と哲朗。

少し無口になった海人。もともとアクティブな少年ではなかった彼が、さらに静かに勉強に打ち込んでいる様は、「必ず会いに行く」とイチカに誓った約束のためでしょうか。

4人でのフィルムの上映会。それぞれにけりを付けたつもりの気持ちはまだやはりくすぶっていて、楽しい想い出やつらい想い出に揺れるそれぞれが丁寧に描けていました。そして柑菜を気遣う美桜、海人を気遣う哲朗。単なる恋愛劇ではなく、それを支える互いの気遣いがこの作品に色を添えています。

後半、あまりの破天荒さが不気味にすらなっていた檸檬や、さんざん石塚家で人の口に上りながら、最後に一度だけ登場する真奈美の旦那さんといった面々が爆笑を呼びましたが、その彼らはどうやらエンディング後の自主映画上映会に繋がっているようです。何しろ海人に渡されたフィルムは「山乃檸檬 presents. 未完成版」ですから。

夕刻や朝の色が印象に残る、さわやかでいい番組でした。

Another

わーい!死者の予想当たったよ!

と、単純には喜べなかったなぁ。序盤から中盤に描けて、恐怖から謎へと軸足を移したこの作品は、最後の二回でサバイバルが話の主体になります。

薄っぺらだったな。

前回も批判しましたが、水嶋監督は人の生死を描かない方がいいです。多分、そっち方面の才能と努力が決定的に欠けています。序盤から中盤にかけて、あれほど赤沢さんの委員長としての責任感や、恒一への好奇心・想いを描いておきながら、最後の二回で全く活かすことができないなんぞ、噴飯ものです。

恒一が死者と向き合うシーンも、あんな一方的な迷いだけではなく、二人の間の会話があってしかるべきなのに、なんだかなぁといった感じでした。

序盤がすばらしかっただけに随分がっかり感の残った番組でした。

今期のアニメももうすぐ終わり

『あの夏で待ってる』

第11話はお迎えに来たお姉ちゃんがイチカ先輩に帰国説得。でもなんだかんだで海人と逃げることになります。過去に異星人と接触した証拠を見せれば、地球を文化的に隔離する必要が無くなって強制帰国の理由が無くなるのだとか。

まあ色々考えちゃうんですよ。かつてハードSFを愛読した身としては。ちょっとぬるいですかね。過去に接触したご先祖様がDNAの中にその記憶を植え付けたって事になっていますが、それ、連盟だか連邦からは認知されていませんよね。ということは、秘匿されていたわけで…ご先祖様、なんかやばいこと隠していたんじゃないですか?というか、このご先祖様にしてこの子孫ですか。

宇宙人と人類のカップルは獣姦だぞ!とか私は言いませんから。言ったのはニーヴンです。

それにしても、今週も柑菜はいいことを言いました。「好きな人には幸せになってほしい」言えないよな。なかなか。愛は与えるものだって言うのは簡単だけど、振られた生傷がじくじく痛む最中には言えないです。

今週は哲朗がようやく美桜の方を向いてくれました。映画見に行かないかって、さすがイケメン。「付き合おう」、でもなく、「好きだ」、でもなく、「映画見に行かないか。二人で」。美桜の嬉しそうな顔が印象的でした。直前のシーンで「私も一緒に行く」という美桜の言葉の意味が深くて、単に危険を冒す哲朗に同行するわけではなく、「常に横に居たい」という気持ちの暗喩になっています。それを受けての二人で映画ですから、ねぇ。

『Another』

同じく11話。ちょっとテンション落ちたかな。

ぎゃーっ!大殺戮!って事なんでしょうけど、せっかくこれまでホラーの雰囲気を盛り上げてきたのに、ここでスプラッターかよって気がします。この作品の監督さん、Blood-Cの残虐なだけのストーリー運びでかなり評判を落としたのですが、根っこは変わっていないかも知れません。

この作品は前半の「見崎鳴は幽霊ではないのか」という疑惑に縁取られた忍び寄るような恐怖に始まり、発動した災厄によって誰がいつ死ぬかわからないという息をひそめるような緊張、死者は誰なのか、災厄を止めることはできるのかといった重苦しい疑問が持ち味でした。

今回は勅使河原・望月コンビの不手際からパニックと恐怖が伝染してしまいます。いまいちおばちゃんが狂った理由がわかりませんが、惨殺と火事という、屋敷ものには不可欠の要素が投入されました。

そして先に書いたように、この恐怖に煽られたクラスメイト達による見崎鳴への殺意は、しかし映像としてみると、しらっとした印象しか受けません。何が理由であれ、同じクラスで学んだ少女を、死者かも知れないと言うだけで、あんなに顔をゆがめて殺す気満々で対峙できるものでしょうか。そりゃ確かに4ヶ月間死の恐怖と隣り合わせだったわけですが、中学生の殺意というものが他の一切の感情無しで持ちうるとしているあたりに妙な薄っぺらさを感じざるを得ません。

転落死した小椋さんの死体の描写などを見ても、水嶋監督という人は人の生死に対して浅薄な見方しか持ち合わせていないのでしょう。

前回の終わり、死者を知っていると言う鳴の肩をつかんでを恒一が引き寄せルシーンがあります。あのときの、力なくただされるがままに引き寄せられる鳴の動きに随分感心したものです。見崎鳴という、人生に対する意欲が希薄で能動性の薄い少女をよく描いていると思ったのです。いろいろな細かい仕草が描けていて全体的にAnotherは好きなのですが、今回は少ししらけました。

第10話 「先輩とぼくらの。」

あの夏 第10話。ようやく監督や脚本がやりたいことがわかってきました。

監督・キャラデザの長井/田中コンビが再度岡田脚本と組んだことで注目を浴びた『あの日見た花の名前を僕たちは忘れない』は、良くも悪くも岡田ワールドでした。そこに描かれたのは生々しい青春の苦渋であり、決して一つ筋縄では解決しないもつれた感情です。

同じ長井/田中でも黒田脚本の『あの夏で待ってる』は、全く違う方向を目指しているようです。美桜→哲朗→柑菜→海人→←イチカ、と複雑な関係だった彼らですが、ここまで一度もドロドロとした愛憎を表に出していません。むしろ全員が全員自分の気持ちを胸の中にたたみ込んで必死に笑顔であろうと、よき人であろうとしていました。そんな彼らも、哲朗に背中を押されて美桜が、檸檬に背中を押されて海人が、柑菜に背中を押されてイチカが想いをそれぞれの想い人に伝えました。そして、今週、美桜に背中を押された哲朗が、哲朗に背中を押された柑菜がやはり想いを相手に伝えます。

その伝え方はみな、前向きです。自分が振られるとわかっていても告白し、そして相手の恋を応援する。そう言う前向きな形に全部をまとめ上げて、それでもなおさわやかであるのがこの作品の持ち味でしょう。

前回、イチカの背中を歯を食いしばって押した柑菜は、何日も泣きはらしてなお、イチカに対して恨みも後悔もありません。ただ単に悲しい。その柑菜に想いを告げた後、哲朗は「お前はお前のままでいろ」と背中を押してやります。

海人の元へと走る柑菜の姿は、そのまま『あの花』1話のじんたんへのオマージュです。振り切ることのできない過去への後悔から、めんまの姿を探して夜を駆け、叫び声を上げたじんたん。彼の頭の中は悔恨の念で一杯です。一方の柑菜は中学生時代から胸の中の恋心を振り返りながら、海人にその気持ちを伝えるべく大きな夏空の下を駆け、叫び声を上げます。その叫びは、ただひとつ海人への純粋な想いにあふれています。

振られて嬉しかろうはずもありません。しかし、まっすぐに自分の想いを伝え、その場で振られても、柑菜は「知ってた」と微笑み、そして笑顔で「映画を成功させよう」と言うことができました。

メッセージを探すとすれば、それは「胸の中の想いを言葉にすることは強さだ」ということなのでしょう。それを一番体現しているのが美桜です。長い間、想い人の片想いをそっと見守ってきた彼女は、哲朗が力尽きたその瞬間に現れて、「泣いてもいいんだよ」と優しくもたれかかります。それは優しさではありますが、ずるさです。ずるさだと臆してしまえば、哲朗を支えなければならないまさにそのとき、支える事はできなかったでしょう。彼女は自分のずるさを自覚した上で、しかし、臆することなく優しく支えようとします。

いい作品です。あと二回。まだどう転ぶかわかりませんが、きちんと見届けたいです。

第9話 「せんぱい。」

こんにちは。心肺停止状態の柑菜ファンです。

『あの夏で待ってる』第9話は、前回いろいろなことを隠しきれなくなったイチカがとうとう宇宙人であることを告白してしまいました。で、あろう事か宇宙船の中に一同をご案内。まぁ、ご案内というよりは表で話すよりはセキュリティ上安心ですね。一同も唖然とする中、「まあ、いいじゃん。大丈夫大丈夫」といった感じで宇宙人であるイチカを受け入れます。

それにしても、ここからの脚本の残酷なこと。イチカが遺された時間で自分の心の中にある景色を探している間、柑菜は自分と海人との出会いを思い返して沈みます。呼び方も「海君」から「海人君」へと変わり、どうしても心の中の距離感が表に出ます。

イチカから距離を取られて落ち込む海人が檸檬に発破をかけられて前へと歩き出す一方で、早朝、待ち伏せしていた柑菜はイチカに胸が痛くなるような発破をかけます。よく頑張ったよ柑菜。優しい子なのに、悪い子ぶって、大声上げて。でも、本音だよなぁ「私がいくら望んでも手に入らない」って。

ぼろぼろの柑菜には、自分の心がぼろぼろになっても受け止めてくれる哲朗がいます。でも、その陰で鳴いている美桜が。この話、どこに落ち着くんでしょうか。何となく、海人と哲朗はぐっと気持ち飲み込んで、柑菜と美桜の想いがかなう終わり方なきがします。

Bパートの終わりはイチカと海人の告白場面です。脚本もいいけど、さすがの長井監督です。エンディングと絡めたさわやかな告白。そしてキスシーンは甘くとろかしますね。加えてイチカ役の戸松の甘い演技が素敵でした。

第8話 先輩がPINCH.

こんにちは。瀕死の柑菜ファンです。

なんというか、もう脚本の勝利としか言いようがありません。全編これ絶賛したいのですが、二点ほど。

柑菜視点で何がつらいって、哲朗と美桜の悲鳴を聞いたときには凍り付いた海人が、イチカの悲鳴を聞いたときに何一つ躊躇せず走り出したことです。気づくまもなく掌の中に握らされた懐中電灯が切なくてたまりません。柑菜からは見えていませんが、虫がいるとびくついていた海人が、イチカを助けるために何の躊躇もなく死地に駆け込んでいきます。ああ。

そしてもう一つ。これまで謎の変人でしかなかった檸檬。彼女がひたすら回していたフィルムが、彼女自身の思惑から離れて「あの夏」を記録し始めていますね。

ああ、なんと憎らしい脚本。

柑菜の魅力

『あの夏で待ってる』第7話。前回乱入してきた女の子二人が嵐のように去っていった後、気づいてみれば海人とイチカはお互いの気持ちを認め合い、美桜は哲朗に思いを伝えていました。

柑菜一人がピエロ。

なんて所には収らないのがこの番組の不思議なところです。見終わった私の頭の中では柑菜が一番輝いていました。海人とイチカの二人を中心とした恋模様は、柑菜から海人へ、哲朗から柑菜へ、美桜から哲朗へという困った片想いに囲まれています。しかし、監督と脚本家は思春期の少年少女達のこのままならない恋を、ドロドロした形ではなくさわやかに描き挙げようとしているようです。

一度触れたことがありますが、柑菜の魅力は、その純粋さにあります。好きな人の家に、事もあろうに魅力的な先輩が転がり込んでくると言う絶望的な展開の中において、彼女は海人に「先輩を支えてやれ」と言います。なぜなら先輩は留学生であり、不慣れな日本で困っているはずだから。それを言うときの彼女は、裏で自分の言葉に動揺していません。彼女は好きになった海人が良き人であってほしいのでしょう。あまりに純粋な言葉に、哲朗は

「C子ちゃん、地雷踏みまくり」

とため息を漏らします。

一方で、柑菜はイチカが海人の家に寝泊まりしていること自体には、酷く危機感を抱いています。しかし、それを口にするのは彼女の純粋さが許しません。イチカに「いつまで日本にいるのか」と聞いた彼女は、激しい自己嫌悪に苛まれることになります。

今回、イチカと美桜は、それぞれが乱入してきた少女に突き動かされる形で、自分の気持ちとはっきり向き合いました(美桜のいじらしさはそれだけで30分くらい酒の肴として語れそうですが、置いておく)。その間、柑菜は檸檬の策略で酔いつぶれていました。酔っぱらって、ねこ耳コスプレの格好で「何してるニャ!」と仁王立ちする柑菜。いきなりほっぺにチューしたかと思うと、ネコ耳着脱でそれこそネコの目のようにテンションをアップダウンさせる彼女は確かに道化師めいています。

しかし、彼女が檸檬の策略に釣られたのはただひとつ、「海人の考えていること」を教えてほしかったからです。いじらしいことです。

彼女はか弱い少女です。いい方向に進んでいない片想いを抱えて、彼女にはどうすればいいのかわかりません。雨宿りをするバス停で、哲朗が自分の恋に気づいたと知った彼女は酷くうろたえていました。そして、からかわない哲朗に、「私の事、応援してくれるの?」と酷く不安げに聞きます。すがるような調子、と言ってもいいでしょう。心細いからこそ、簡単に檸檬の策略に釣られるのです。

ヒロインであるイチカを象徴する台詞は、多分第2話の終わりに彼女が言った、「だめ。言っちゃ、だめ。お願い」という、言葉でしょう。謎めいて、だけど優しい笑顔で言い含めるように話す年上の人。それがイチカです。

私にとって柑菜は第4話で彼女が海人に聞いた「私の事、探してくれた?」と言う言葉に象徴される、いじらしい純粋さを持った少女です。好きな人は、自分のことを考えていてくれるだろうか。そんな事が気になる少女が柑菜です。ああ、かわいいなぁ。

せつない

「あの夏で待ってる」第4話を見ました。

前の回から続いたコミカルな行き違いは収束して、イチカと海人が互いに向き合う形で終わりました。その間の二人のすれ違いや勘違い、焦りや焼き餅が可笑しく描かれる一方で、主人公とヒロインを取り巻く人々の切ない気持ちも丁寧に説明されています。

柑菜はどうやら海人の事が好きですが、それがイチカへの対抗心として現れることはあっても、イチカへの憎悪にはなっていないようです。むしろ海人に対して「イチカ先輩は留学生で勝手がわからないのだから」支えてやれとはっぱをかけます。好きな人は元気であってほしい、好きな人は善き人であってほしいと言うすがすがしい恋心と裏腹に、軽井沢ではぐれたとき「探してくれた?」と聞く無邪気で切ない気持ちが胸を打ちます。声を当てている石原夏織さんは、少し一本調子ではありますが、やや甲高い声が柑菜にあっています。

哲朗と美桜は輪をかけて切ないです。哲朗は柑菜のことが好きなようですが、そのくせ、柑菜の恋の応援を影ながらしています。幼なじみを好きになって、しかしその子が見ているのは他の男ってのは、つらいですよ。その恋を応援するのは不誠実だ、自分に嘘をついている、という呼びかけを、美桜は「自分に蹴られて死んでしまうよ」という言葉で、哲朗に伝えます。しかしそう言っている彼女もどうやら哲朗が好きです。好きな男の子に「自分の心に素直になろうよ、あの子が好きなんでしょう」といっているわけですから、彼女の哲朗への「蹴られるよ」という言葉は、ほとんど悲鳴のようでもあります。

それにしても、じっくりと描きますね。これまでの4話でようやく期末試験が終わり、夏休みが始まります。イチカ来訪のエピソードや理由も紹介が終わり、海人、柑菜、哲朗、美桜といったキャストの複雑な胸の内も紹介が終わりました。ようやくこれで導入部が終わりというこの回のラストに、青い空とわき上がる雲。そしてイチカと海人のナレーション。

「喜びや悲しみ、痛み― そういうの、全部ひっくるめて、たった一度の、あの夏が始まる」

このナレーションも含めて、所々にとらドラ!を思わせる演出がありました。ぱっと思い出すのは海人が食べ終わった弁当が映るときのカンッという効果音や、イチカの弁当の袋です。とらドラ!へのオマージュというか、長井監督の演出方法なんでしょうかね。この監督は重要な心象を描くときに食事を入れてくるなんて話を聞いたこともあります。

恋愛がらみの青春群像劇となると、誰と誰がくっつくという話になるわけですが、このストーリーを見る限りではイチカと海人には別離がくることははっきりしています。

海人とイチカが別れれば、海人と柑菜、哲朗と美桜という、女性陣にお得な展開が待っており、海人とイチカが結ばれれば、海人とイチカ、哲朗と柑菜という、男性陣にお得な展開が待っています。あ、今わかったけどどちらもひとりぼっちになって泣くのは女性ですね。そう言えば、第五話「先輩は、ヒロイン」予告。雨の中の柑菜と哲朗が別カットで映っています。映像的には雨は泪の記号でした。

でもまぁ誰と誰がくっつくなんて話を越えて楽しめそうな番組です。今期ナンバーワンです。