初野晴と米澤穂信

初野晴『1/2の騎士』読了。思ったより重苦しい作品でした。感想は後日書くとして雑感を。

「同じ『日常の謎』でも米澤穂信は陽の中の陰を見るが、初野静は陰の中の陽を見る」といったことを書いていた人がいましたが、この作品はそうとは言えないと思いました。もっとも、この作品は日常の謎ではありません。一方で、この作品とハルチカシリーズを通して考えた時に、共通する特徴があるとすれば、それは『大人』かな、と思います。特にハルチカシリーズにその傾向が強いですが、大人がその行動で子供に正しい方向を指し示すという点は初の作品の特徴かもしれません。

一方、米澤作品には子供を正しく導く役割の大人、というものが出てきません。例外は『折れた竜骨』で描かれた師弟関係(父性に昇華する)で、その点でこの作品は米澤にとってもエポック・メイキングであったと言えそうです。

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ハルチカシリーズ

以前からあんこさんがよく紹介なさっていた初野晴、「ハルチカシリーズ」を読みました。いずれも短編集の体をとっていますが、ほぼ時間軸順に並んだ連作となっており、第一作は主人公高校1年の2学期から話が始まります。

以下、Bookデータベースより引用

穂村チカ、高校一年生、廃部寸前の弱小吹奏楽部のフルート奏者。上条ハルタ、チカの幼なじみで同じく吹奏楽部のホルン奏者、完璧な外見と明晰な頭脳の持ち主。音楽教師・草壁信二郎先生の指導のもと、廃部の危機を回避すべく日々練習に励むチカとハルタだったが、変わり者の先輩や同級生のせいで、校内の難事件に次々と遭遇するはめに―。化学部から盗まれた劇薬の行方を追う「結晶泥棒」、六面全部が白いルービックキューブの謎に迫る「クロスキューブ」、演劇部と吹奏学部の即興劇対決「退出ゲーム」など、高校生ならではの謎と解決が冴える、爽やかな青春ミステリの決定版。

主人公のチカは吹奏楽部のメンバーで、幼なじみのハルタとともに吹奏楽部をもり立てて、何とかコンクールの晴れの舞台に立とうと努力しています。ただでさえ気が遠くなりそうな目標に加えて、ハルタとは頭が痛くなるような三角関係。おまけに、次々と騒動を起こす校内の名物(迷惑)生徒達。本当は部活に専念したいのに、なんやかんやで部員獲得のために奔走するチカとハルタの日々を描く青春譚です。

さて、このシリーズ、面白いです。読みやすい文体としっかりした構成に支えられた優しさあふれるストーリーに安心して没頭できます。物語は弱小というより人数が少なくて廃部寸前だった吹奏楽部を立て直すべくハルタとチカが懸命に走り回ったあと、部活がやや軌道に乗ってからの話ですが、いかんせん、個々のメンバーの実力が低い上に、そもそもメンバーが足りません。1話目の結晶泥棒を除くと、2巻の終わりまでほとんどのストーリーがメンバー集めです。それ以外の話も頼りになる仲間が歩み寄ってくれる話や、先生を取り戻す話が主体です。

作品の魅力は、チカをはじめとする何人かの前のめりな登場人物達と、思いっきり泣かせに来るストーリーですね。軸となるのはハルチカコンビで、ハルはかなりの数の問題の核心に迫る探偵役です。ただ、ストーリーとしてはハルは割と影が薄く、チカのがむしゃらさが全体を牽引します。

チカは興味深い少女です。元々吹奏楽には思い入れはなく、中学時代バレーボール部で味わった苦役から逃げるために軽い気持ちで吹奏楽部に入部しています。それが、部を立て直すために奔走するうちにいつしか人を好きになり、ハルと三角関係と知ってめまいに倒れそうになります。彼女を貫くのは前向きの突進力ですが、脳天気なバカでないところが彼女の魅力です。チカは好きな人のためになんとしても吹奏楽部を全国大会に!とがんばりますが、いかんせん、彼女は元々体育会系であり中学時代には吹奏楽の経験がありません。

実力のある経験者を途中入部させるために彼女は奔走し、それが実を結んでいきますが、皮肉なことにそうやって参加してくれた仲間達が彼女の劣等感をあぶります。客観的に見て彼女の技術は稚拙であり、コンクールに出場となれば、お荷物になるのは必定です。そのため、あれほどバレーボール部の体質として嫌っていた24時間営業に何の疑問も持たず突入して、朝から番前で年中無休の練習漬けを敢行しています。ここは見所の一つです。彼女はあまり自覚していませんが、どっぷりと部活に浸って振り返らずに突っ走る姿は、読むものにさわやかな読後感を与えてくれます。

加えて、彼女の前のめりな性格は、波状攻撃をかけてくる珍事件に対して決して『どんびき』などという態度をとらせません。青少年サファリパークなどと呼ばれる問題部ばかり集まった一角をはじめとして、彼女に持ち込まれる珍事件、現れる奇人変人に引かず、前のめりにつっかかって襟首つかんでぐらぐら揺するバイタリティが話を面白くしています。他にも1年後輩の後藤さんや、芹澤さんなどが同じような前のめりの反応で脇を固めてくれます。

ストーリーは、有り体に言えば人情ものです。謎解きの要素はあることもあれば、無いこともあります。それが謎解きであれ、回想であれ、明かされる真実によってある人は心を開き、あるひとは新しい路を見るといった話が多いです。

繰り返し陳述されるバレーボールへの憎悪(笑)、ハルとチカの奇妙な三角関係、次々と現れる変人達、子供達を暖かく見守り正しく生きるということを行いで示す大人達。ページをめくれば時間が経つのを忘れること請け合いです。いずれも甲乙つけがたい作品ばかりですが、たった一つの秘密のために作り上げられた九つの秘密に一人を支える九人の姿が重なる『十の秘密』と、「無償の愛」「心地よい疲れ」といった繊細な言葉が少女達と詐欺師の間で交錯する『空想オルガン』の二編が私のがお勧めです。