イリヤの空、UFOの夏

自分で書いた文章を読み返しましたが、言いたいことの半分も言えていません。

なんというか、この物語の魅力は、やはり青春なんですよ。14歳。中学二年生。収入に何の責任もなく、大学受験まではまだ遠く、急激に大人になる自分を意識ながら、でも目の前の異性に対してときめいている自分に戸惑う。そういう時期をみずみずしく描けているからこそ、この物語の悲しさが際立ってきます。

願ったことがささやかであればあるほど、悲劇の色が濃くなるのです。

突然目の前に現れた不思議な少女は、ひょっとしたら自分のことを好きかもしれない。そんな予感に浮き足立つ少年。自分以外に彼の良さがわかる女が現れるなど、想像もできなかった少女。そういった日常の出来事を夏の終わりの空の下に鮮やかに描き出したからこそ、この本はいつまでも心に残る本になったのでしょう。

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イリヤの空、UFOの夏

精神状態の悪いときに読んではいけない本というのがあって、出来のいい、バッドエンドの本というのがそれに当たります。

ハッピーエンドならもちろん文句ないですし、バッドエンドであっても出来の悪い本であれば忘れてしまえばいいのです。しかしながら、世の中には忘れられない一冊として頭の中に巣くいつつ、しかもたまらなく救えない物語があります。そう言う本は注意深く接していかないと、あまり気分の良くないときに読んでは心身共に悪い影響を与えます。

「イリヤの空、UFOの夏」は秋山瑞人の代表作です。しっかりした文章力に裏打ちされた確かな物語を書く、この寡作な作家は、どの作品をとっても読者をうならせます。表紙にだまされて読み進めるとダメージを負った読者が血を吐くことになる「猫の地球儀」、金属を削りだしたような硬骨のSFでありながら、読む者の胸をえぐる「我はミサイル」。いずれの作品も、「何故生きるのか。生きる意味は何か」を読者の前で問うのが特徴です。

この作品もそんな一作です。

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