Re:CREATORS 10話 前半戦終わり?

まみかの死から続く、アルタイル勢と颯太組の衝突は、真鍳による攪乱によって振幅を増し、ついに颯太組が壊滅の危機に追い込まれます。

以前のエントリで

「Re:CREATORSというタイトルには、キャラが『創造主について』語るという意味があるのではないか」

と書きました。振り返って見るとこれは想像以上に当たりだったような気がします。むしろ、番組スタッフというクリエイター達が自分語りをしているように見える事がたびたびありました。

今回の見所はなんと言っても松原氏が瀕死のセレジアを怒鳴りつけるシーンです。メテオラからは無節操と呼ばれ、そのぞんざいな物言いにセレジアが何度も反発した松原氏ですが、政府機関が接触してきたときの菊地原さんとの会話でセレジアに対する気持ちがはっきり表明されています。

「セレジア・ユピテリアさん。そちらは松原さんの創作物ですね」

「ものじゃないんで。そういう言い方はやめてくれよ」

政府関連組織に引っ立てられて呆然としていたはずの人が、怒りを露わに冷たく言い放つこのシーンは、セレジアにとっても松原という神様がどのような人間か垣間見ることのできた場面でした。そして今回です。

セレジアは2話でまみかに

「私の神様がどんな奴なのか。それは、私自身で判断するわ」

と、言い切りました。そしてそれが今回、松原氏のこのセリフにつながります。

「俺がお前の作者な限り、お前にそんな間抜けな死に方させないぞ!」

創造主の力で蘇ったセレジアは松原氏に微笑み、その姿を見て松原氏が涙ぐみます。かつてセレジアは反発しましたが、この二人は親と娘なんですよね。松原氏は始めからそのつもりで、セレジアはついにそれを認めるに至りました。

どんな人間であってもいいが作品には誠実に向き合って欲しいと言ったメテオラ。しゃんとしろと言った弥勒寺。お前のようなものに創造されたこと、慚愧に堪えぬと言ったアリステリア。いつまでも盟友だと言ったアルタイル。主立ったキャラクターの創造主への気持ちがモザイクのように語られ、物語はようやく前半が終わりました。

戦力的に大きく劣ることになってきた颯太組に対して、アルタイル組は動こうにも動きにくくなってきました。後半戦はクリエイター語りではなく、能力改変を含めた頭脳バトルに突入でしょうか。

正解するカド9話

課金ゲームでした(笑)

ザシュニナは全智かつ全能なため暇をもてあましており、遊興のために作った無数の繭(泡宇宙論)から生じた唯一のゲームである人類で遊ぶつもりだったのです。進化論的プログラミングで作曲ソフトを作っていったら、そのうちの一つがお気に入りの音楽を奏で始めた、といたところでしょう。

真道はザシュニナにとってお気に入りのキャラであり、一緒にこのゲーム世界を歩いていたわけですが、たったひとつの手違いから真藤を殺してやり直そうとします。真藤にとっては殺されるわけですが、ザシュニナにとってはリセット・マラソンでしかありません。こう考えてみると、ワムもサンサも、人類の活動を倍加させるアイテムであり、ザシュニナとしてはゲームを楽しくするために課金アイテムを投入するくらいの気分だったようです。

それにしても、夏目さんの

「真道君と釣り合うのはもっと大きな存在」

という発言が出てきた時点で

(ああ、サラカさん終わったぁ)

と思っていたのですが、土壇場で異方存在という正体を明かし、真道争奪戦のトップに踊り出ました。神様なら大きさに不足はありません。とはいえ、多分神の力の封印である指輪を

「操のようなもの」

と言ってました。神の力を示さずに人類社会を見守る決意のことだと思いますが、操を破ってしまったというのは、色恋的には難しい展開になりそうです。

徭沙羅花(ツカイサラカ)という名前ですが、徭は「エダチ」と読んで人民が公用に徴用すること、とのことです。名字が神たる異方存在の使いという意味だとして、釈迦入滅の時に一時に咲いて散ったとされる沙羅の樹の花とは、何か意味ありげな命名です。